何も出来ない自分は、誰かの希望が叶うのを、黙って見ているのが、当然なんだって。
それなのに虎臣くんはわざわざ、ぼくの好きなものを考えて、残しておいてくれたと言うんだ。選べといわれても、きっと何も言えないだろうぼくのために。
虎臣くんや榕子さんは、どうしてぼくなんかに、お礼を言ったり気を遣ったりしてくれるんだろう。
ぼくは今どうしたら、彼らを不快にさせずに済むのかな。
「蓮ちゃん、おかえりなさい」
裏庭からキッチンへ入ってきた蓮さんを見て、榕子さんが声をかける。
ぼくは自分が、すうっと青ざめていくのがわかった。
どうしよう……洗濯物を勝手に取り込んだことや、キッチンを勝手に使ったこと。なんて言えばいい?
「さくらちゃんも一緒だったのね」
蓮さんの後ろから入ってきた咲良さん。コートを脱ぎながら「タダイマ」と明るく笑ってる。でも蓮さんは、不機嫌そうな表情で眉を寄せていた。
「…押しかけてきたんだよ、こいつ」
「ええっ!咲良さん、蓮さんの仕事場行ったの?」
「バショ、聞いてたカラ」
「今日って大学行ってたんでしょ?」
「ソウダヨ。でもレンの仕事、スグ近くダッタんだ。ウンメイかな?って」
「すごい…超絶ポジティブ思考」
「ナニ?チョーゼツ??」
「とても、ものすごく、めちゃくちゃ」
「ナルホド。じゃあアリガト、トラオミ」
「いや褒めてないから」
なんで?と不思議そうな咲良さんは、榕子さんの隣に腰を下ろし、ぼくたちの食べているサンドイッチを見て、美味しそう!と声を上げている。
溜息を吐いて、重そうな荷物を置いた蓮さんは「それより」とこちらへ近づきながら裏庭を振り返っていた。
「洗濯物、どうした」
ぎくっと身体が震える。
これからどんなに彼が怒るのか、想像しただけで喉が絞められ、声が出ない。
「二宮さんだよ」
ぼくに代わって答えた虎臣くんの言葉に、蓮さんはこちらへ視線を向けた。
どうしよう、怖い。顔を上げられない。
「雨、降りそうだったからさ。二宮さんが取り込んでくれたんだ。畳んでリネン室に置いてあるよ」
「二宮とお前が?」
「ほぼ二宮さんが。手伝おうと思ってたんだけど、着替えて戻って来たら、ほとんど終わってた」
「お前は…ケガ人に何させてんだ」
「だって手際いいんだもん、二宮さん。オレが手伝う余地なんか、なかったんだよ。でも運ぶのとかは、ちゃんとやったし」
「あとねえ、紅茶もあーちゃんが淹れてくれたのよ」
「榕子さんまで…ったく。何を考えてんだ。…おい、二宮」
ぎゅうっと手を握り締めながら、仕方なく顔を上げる。