そこへ現れたボクが、みんなから頼られているレンに「可愛い」と囁けば、彼が戸惑ったり躊躇するのは当たり前。
だからレンは、冷めてしまっている愛を理由にして、ボクを遠ざけようとしてるんじゃない?
チトセもレンの困惑を知っているから、協力してるんじゃないかな。
そう考えるのが一番、自然だと思うんだ。
トラオミたちはまだ、その事実を知らないんだろう。だから二人を心配して、ボクの気持ちを止めようとする。
レンが自分たちの関係の変化を、家族に説明するなんて思えないから。誰も知らなくたって、仕方ない。
二人の間にはきっと、本当に愛し合った熱い時間があって。今もお互いを、大切には思っている。
でもそれは、すでに穏やかな凪のような状態になっているんじゃないかな。
きっと家族ではあっても、恋人とは呼べない、昔とは違う感情で結ばれているんだ。
だとしたらボクは、レンを諦めることなんか出来ないし、諦める必要もない。
チトセは素敵な人だと思うよ。
この一週間、彼が仕事に対しても家族に対しても、けして妥協しない人だということ、ちゃんと見ていた。
イタリアの奥さんに電話している時も、トラオミに学校の様子を聞いている時も、チトセはいつも一生懸命だった。
時間のある時はレンの家事を手伝っていたし、ヨウコさんへの気遣いも忘れない。ボクには見えないラジャに対しても、親愛と敬意をもって接してる。
優しく穏やかで、温かな性格。ボクもチトセが大好きになっている。
だからそんなチトセを、これからもレンが大切にしたいというなら、それで構わないんだ。
チトセから友情を。ボクからは愛情を。レンにたくさん注げばいい。
彼に必要なもの、何一つ取り上げようとは思わない。
絶対にレンを幸せにするから。
咲良と一緒にいる時間が、一番楽しいって言ってほしいんだ。
帰国してから戻ってくるまで、どれくらいかかるかな。
本当は帰りたくなんかないけど、ジンに約束してしまったし。色んな手続きも、まだ残ってる。ギリシャに残してきた恋人たちへ、別れを告げるのもボクの責任。
ちゃんとレンに向き合うため、ボクにはしなければならないことが、たくさんある。
でも早く戻って来たいよ。本当は少しでもレンと離れたくない。
ボクがいない間、レンはボクのことをどれくらい考えてくれるんだろう?この一週間ずっとそばにいたボクがいなくなって、寂しいと思ってくれたら嬉しいな。
ボクはそう思い、顔を上げた。
最後の夜なのにぐずぐずしていられない。
今夜はベッドの上で、レンに愛を囁いてみよう。
そこで何かが起こるとまでは、思っていないけど。ボクがちゃんとレンを求め、愛しているのだと知ってもらうために。
離れている時間、ボクの存在を彼の中に刻んでおきたいんだ。