【南国荘U-E】 P:06


「…大丈夫」

 小さな囁き。何が大丈夫なんだろうと、トラオミの視線を追ってレンの方を振り返ったら、チトセが首を振っていた。

「…そんなこと、言わないで」
「千歳…」
「僕は南国荘が好きだし、咲良くんに出て行って欲しいなんて、思ってない。蓮を疑ってもいないよ。ただ…ちょっと不安なだけ」

 切ない溜息を零したチトセの髪、レンが優しくかき上げた。

「来いよ」
「え?」
「俺の部屋。こんなところでする話じゃないだろ」
「蓮…でもそれは…」
「明日虎臣に何て言えば、って?今更だろそんなこと。あいつはお前以上に、お前のことを理解してるよ。
…じゃあどうしたいのか、お前が決めろ

 柔らかくチトセの額に口付けたレンは、見たこともないくらい優しく笑ってる。こっちに背を向けているチトセの顔は見えないけど、あんな風に笑いかけられたら、誰だって嬉しくなるだろう。

「…だったら今夜は…蓮と一緒に、いたい。そばにいて…」
「ああ」

 チトセの顎に指をかけ、上を向かせたレンが口付ける。
 可愛いくらい触れるだけのキス。でもキスするとき、レンはあんな顔になるんだ。
 トラオミがボクの腕を掴む手に、力をこめた。まるで追うなと言い聞かせるみたいに。
 ぱたん、と小さな音がして、レンの部屋の扉が閉まった。
 トラオミがほっと息を吐く。

「千歳さんが咲良さんを追い出すようなことを、言うはずがないんだ」
「トラオミ…」
「ごめんね、咲良さん」

 そっと掴んでいた手を離して、ボクを見上げる視線。泣いているようにも見えたけど、そうじゃなかった。

「ね、少し話してもいい?」
「…OK、イイヨ」
「うん。じゃあ、こっち来て」

 トラオミは先に立って、静かにダイニングへ歩き出した。
 もう寝るところだったのか、ラフな格好のトラオミは、昼にリビングで会うより、ずっと華奢に見える。
 本当に頼りないような後ろ姿なんだ。

「オレ、咲良さんにお願いがあるんだ」

 昼間の明るさが嘘みたいなダイニング。誰もいないそこで、トラオミはボクを残し、キッチンへ入っていく。
 冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出して。それを開きながらボクを振り返った。

「オネガイ?」
「うん。すごい勝手で、酷いことだってわかってるんだけど」
「OK。聞いてアゲラれるかどうか、ワカラナイけど。話シテ?」

 いつも明るいトラオは今、表情に翳りを見せていて、とても大人っぽい。
 この一週間、レンがいないときや、ボクが何かで困ったとき。トラオミは必ず声をかけてくれたから。
お願いがあるというなら、どんなことでも聞いてあげたかったんだ。

 大切な話をしようとしている彼のため、ボクは手近な椅子を引いて腰掛ける。そうしないと、視線が合わないから。