頭がいいんだね。トラオミはボクの気持ちをちゃんとわかって、キッチンから出てくると、ダイニングテーブルに飲んでいたボトルを置いた。
ボクの前に立ち、まっすぐにボクの目を見つめてくれる。
いつもとは違う、落ち着いた表情。二人きりになると、ずいぶん大人っぽい顔になるんだ。薄暗い中でもわかる、瞳の綺麗な光に、思わずどきりとさせられた。
そして彼の口から出てきたのは、少しだけ予想出来ていた言葉。
「蓮さんのこと、諦めてほしいんだ」
「トラオミ…」
「もう蓮さんを口説くの、やめて欲しい」
何日か前にも、トラオミはボクに、レンでなければダメなのかと聞いた。あの時はもっと、トラオミ自身が戸惑っているような言い方だったけど、今は違う。
きっぱりとした、迷いのない声。
でも辛そうに付け加えられた「ごめんなさい」という小さな声。
ボクはかける言葉が見つけられず、彼の手を握った。
「…ボクがOKって、イウと思う?」
彼を見ていれば、冗談や気まぐれで言っているわけじゃないのは、わかるんだ。でもそれ以上、何と言えばいいかわからなくて。ボクは首を傾げ、少年を見つめた。
トラオミは辛そうに眉を寄せて、首を横に振り髪を揺らせる。
「思わない」
「…ソウダネ」
「自分が無茶苦茶なこと言ってるって、わかってる。咲良さんが蓮さんに対して真剣だってことも知ってる」
「ダッタラ」
「でもオレ、もう千歳さんが不安がってるのを、見ていられないんだ」
「トラオミ…」
さっきもチトセは不安がっていた。それをこの子は、誰よりもわかってるんだろう。
彼は小さな手で、ボクの手を握り締めている。まるで彼こそ何か、大きな不安を感じているみたいに。
「咲良さん…オレは少し前まで、咲良さんと同じくらい真剣に、千歳さんが好きだった。確かに今のオレは子供だけど、あの人を幸せにするのは絶対オレなんだって、信じて疑わなかったんだ」
「………」
「でも蓮さんに会って、蓮さんの隣で笑ってる千歳さんを見て…オレじゃダメなんだってこと、気付いた」
苦笑いを浮かべるトラオミは、少年の姿をしていながら、少しも子供の顔をしていなかった。
恋をして、でも叶わなくて、傷ついて。それを乗り越えた、男の顔。
「…ダメだなんて、決めなくてもイイんじゃないカナ?先のコトはワカラナイ。キミは今だって、トテモ素敵ダヨ。ショウライはもっと、素敵にナル」
「ありがと。実はオレもそう思ってる」
にやりと笑って。でも、と彼は優しい表情のまま溜息を吐いた。
「でもさ。もしオレがいつか、蓮さんよりカッコよくなって、蓮さんより頼れる男になったとしても。きっと千歳さんは、オレを選ばない」
「ソンナこと」
「わかるんだ。オレがいいとか悪いじゃなくて…誰も敵わないんだよ、蓮さんの想いの深さには」