【南国荘U-E】 P:08


 少しだけ眉を寄せて。わずかに苦しげな顔をして。切ない表情のトラオミは、口元に寂しげな笑みを浮かべている。

「蓮さんと千歳さんは、高校の三年間だけ一緒にいて、十年離れてた。オレはその十年間の千歳さんと、一緒にいた」
「………」
「離れている間の十年。蓮さんはけして自分の存在を、千歳さんに気付かせなかった。愛し続けているのに、見守る以外の全てを自分に禁じてたんだ」

 じっとボクの目を見つめ、トラオミはくしゃりと顔を歪める。

「正直、蓮さんの執拗さには呆れるし、黙って見てるって、ちょっと気持ち悪くない?なんて、思わなくもないんだけどね」

 肩を竦めた彼は、まるでふざけているみたいだけど。そうじゃないのは、トラオミの目を見ればわかる。

「千歳さんは、オレたち親子と一緒に暮らしている方が幸せなんだって。そう思っていた蓮さんは、自分の一番欲しいものを諦めてでも、千歳さんに幸せをあげようとしたんだ」
「レンが…ソンナことを?」
「うん。直接聞いたから」

 執念深いよね、とトラオミは笑うけど。本当は少しもそんなこと、思っていないんだろう。レンの熱い想いをちゃんと、この子は理解したんだ。

 ボクは驚いて、声を出せない。
 どんなに一生懸命、愛してると囁いても、つれなかったレン。なのにボクを強く突き放したりもしなかった。
 それはレンの迷いなんじゃないかって、ボクの気持ちに揺れてる証拠だって、ずっと思っていたけど。
 もしかしてレンは、自分とボクを重ねているから、
強く拒絶することが出来なかったんだろうか。
 何も言わずチトセを見守っていた自分と同じように、何も出来ないままギリシャでレンを慕っていたボクが、苦しんでいたはずだと思って。

「片思いが辛いのは知ってる。誰に何を言われたって、諦めたりできないことも、知ってるつもり」
「トラオミ…」
「おかしいよね、わかってるのにこんなこと言うの。勝手なことばっかり言って、ごめんね。…でもオレはさ、子供の頃から幸せと不幸って、等分だと思ってるんだ」

 よく意味がわからなくて、ボクは顔を上げた。

「…トウブン?」
「同じ重さ。同じ大きさ。…わかる?」
「ああ…ン、ワカった」
「うん。想い合う気持ちが強ければ、別れるとき辛いのは当然だから…もし蓮さんが咲良さんを受け入れて、千歳さんと別れるなら、千歳さんは今の幸せと同じくらい苦しい思いをする。蓮さんはきっと、そんな千歳さんを見て傷つくよ」

 ぎゅっとボクの手を強く握ったトラオミは、そうっと離して。躊躇いながらも、酷い言葉を口にした。

「…咲良さんは、自分のせいで傷ついた蓮さんを、見たいの?」

 ボクはあまりにも驚いて、まじまじとトラオミの顔を見つめた。