【南国荘U-E】 P:09


 彼の日本語はわかりやすくて、その意味をちゃんと理解できているのに。どうしてだろう?心の奥のほうで、理解するのを拒絶している。
 レンを傷つけるのは嫌だよ。だからボクが諦めればみんな幸せなの?
 ……じゃあ、ボクはどうなるの。

「酷いこと言ってるね、オレ」
「…言ッテル。言ッテルヨ、ヒドイこと」
「うん…ごめんなさい。オレはどうにも、千歳さんのこととなったら、いまだに必死みたいで。…ちゃんと諦めたのに、蓮さんのこと笑えない」

 でも正直な気持ちなんだ、と呟いたトラオミは、テーブルに置いていたボトルを取り上げた。

「咲良さんが幸せになったらいいって、思ってるのも正直な気持ちだよ。矛盾してるのはわかってるけど」

 一生懸命、言い募ろうとしてくれているのはわかってる。でもボクはトラオミの顔を見ていられなくて視線を逸らせていた。

「本当にごめんなさい…オレ咲良さんが大好きだし、ギリシャから戻ってくるの、楽しみに待ってるから」
「………」
「酷いこと言ってごめんね…おやすみなさい咲良さん」

 少しだけまだ何か言いたそうに、立ち止まっていたけど。言葉が見つからなかったのか、トラオミは静かに離れて行った。
 ボクはしばらく、そこから動けなくて。
 誰もいないダイニングに一人座ったまま、トラオミの言葉を何度も何度も思い出しては、答えの見つからない迷路の中で、さ迷っていた。
 
 
 
 
 
 結局ボクはその夜、よく寝られなかった。
 こんなこと初めてだ。

 ぼーっとしたまま目を覚まして時計を見たら、起きようと思っていた時間から、二時間も過ぎていた。
フライト時間には十分間に合うからいいんだけど、時計を見て驚いたよ。
 少しでも目を覚まそうとシャワーを浴びたのに、頭の中にはまだ、トラオミの言葉がぐるぐる巡っている。

 ボクがレンを恋人に出来たら、チトセが泣いて、レンが苦しんで、ボクが辛くなって。トラオミはそんなの見たくなくて。
 でも諦められない気持ち、トラオミはわかってくれていて……じゃあボクは、どうしたらいいの?
 答えなんか決まってる。
 レンを諦められないんだがら、レンを好きだと思うまま、行動するしかない。でもそれじゃ誰も幸せになれない?

 ギムナシオ(中学校)に通う少年から出されたのは、あまりに難しい問題だ。

 実際に会ったレンが、もっとがっかりするような人だったら良かったのに。
 でもレンはあまりにも魅力的で、
五年の間に培われた想いはさらに大きくなっていて、簡単に消したり出来ないだろう。
 いっそチトセとレンが、もう少し恋人らしく振舞ってくれたら、違う考えが浮かんだのかもしれない。
 ああ、だから。
 どうしてボクはそんな、諦める方法ばかり探してるの。
後悔したくないから、日本へ来たはずなのに。