人生は一度しかない。
この世に生を受けた以上、幸せを求めて前へ進むしかないんだ。
強く、優しく、男らしく。
ボクを育てたジンの言葉。
優しくなければ男じゃないし、強くなければ優しくなれない。
ずっとそう言われてきた。
そう、そうだよ!
ボクが強くあればいいんじゃないか。
チトセを泣かせて苦しむレンを、支えられるくらい。ボクのせいで涙を零すチトセにさえ、手を差し伸べられるくらいに。
そうしたらトラオミだって、あんな切ない顔をしなくていいんだから。
もっとも、大人びた表情で切なげに微笑んでいたトラオミは、とても可愛かったんだけどね。
……って、だから。なんでトラオミのためにボクが頑張るの?
うまく考えがまとまらないまま、鞄を手に一階へ降りる。今日、一旦ここを発つのに、せっかくのレンの朝ごはん、食べ逃しちゃったな。もう仕事に出ているかもしれない。
そう思いながら顔を出したリビング。奥のダイニングテーブルには、のんびりお茶を楽しんでいるヨウコさんと、手持ち無沙汰な様子のアオキがいて。
さらに奥のキッチンには、まだレンがいてくれた。
「随分遅かったな。間に合うのか?」
「レン!オハヨウ!!」
嬉しくて明るく笑うボクを、レンは苦笑いで迎えてくれた。
ああ、やっぱり今日も素敵だ。
きつめの目元も、細身に鍛えた身体も。あまりにも魅力的で、夜から悩んでいたことが吹っ飛んでしまう。
ごめんねトラオミ。
ボクはどうしても今、この人に手を伸ばすことを、諦められないよ。
「おはよう、さくらちゃん。荷物はそれだけなの?」
「オハヨウ、ヨウコさん!スグ戻ってクルから、コレダケ。ラジャはイル?」
「ここにいるわよ」
と、ボクには何もないようにしか見えない空中を指差してる。そっちに向かって、気軽に手を上げた。
「オハヨウ、ラジャ!」
だってトラオミも毎日「どこにいるのかわからないけど、ラジャさんおはようございます」って言うんだよ。
素敵な挨拶だと思って、ボクもラジャに言うようにしてるんだ。もちろん返事は聞こえないけどね。
「アオキも、オハヨウ」
「おはようございます…」
今日もアオキは着かない様子で、ダイニングに座ってる。
やっぱり怪我で何も出来ないのは、退屈だと思うから。戻ってきたらもっとアオキとも話したり、一緒に出掛けたりしたいな。
「咲良」
レンがキッチンから出てきて、ダイニングの椅子にかけてあったジャケットを身に着ける。珍しくネクタイまで。
今日は何か、改まった仕事でも入っているのかな。そういう服装、スレンダーな身体が強調されて色っぽい。
「お前、すぐに出るのか?」
「ソウダネ、まだスコシ早いケド」
「じゃあ送ってやるから、乗って行けよ。朝メシあるから、車で食え」