【南国荘U-E】 P:10


 人生は一度しかない。
 この世に生を受けた以上、幸せを求めて前へ進むしかないんだ。
 強く、優しく、男らしく。
 ボクを育てたジンの言葉。
 優しくなければ男じゃないし、強くなければ優しくなれない。
 ずっとそう言われてきた。

 そう、そうだよ!
 ボクが強くあればいいんじゃないか。
 チトセを泣かせて苦しむレンを、支えられるくらい。ボクのせいで涙を零すチトセにさえ、手を差し伸べられるくらいに。
 そうしたらトラオミだって、あんな切ない顔をしなくていいんだから。
 もっとも、大人びた表情で切なげに微笑んでいたトラオミは、とても可愛かったんだけどね。
 ……って、だから。なんでトラオミのためにボクが頑張るの?

 うまく考えがまとまらないまま、鞄を手に一階へ降りる。今日、一旦ここを発つのに、
せっかくのレンの朝ごはん、食べ逃しちゃったな。もう仕事に出ているかもしれない。
 そう思いながら顔を出したリビング。奥のダイニングテーブルには、のんびりお茶を楽しんでいるヨウコさんと、手持ち無沙汰な様子のアオキがいて。
 さらに奥のキッチンには、まだレンがいてくれた。

「随分遅かったな。間に合うのか?」
「レン!オハヨウ!!」

 嬉しくて明るく笑うボクを、レンは苦笑いで迎えてくれた。
 ああ、やっぱり今日も素敵だ。
 きつめの目元も、細身に鍛えた身体も。あまりにも魅力的で、夜から悩んでいたことが吹っ飛んでしまう。
 ごめんねトラオミ。
 ボクはどうしても今、この人に手を伸ばすことを、諦められないよ。

「おはよう、さくらちゃん。荷物はそれだけなの?」
「オハヨウ、ヨウコさん!スグ戻ってクルから、コレダケ。ラジャはイル?」
「ここにいるわよ」

 と、ボクには何もないようにしか見えない空中を指差してる。そっちに向かって、気軽に手を上げた。

「オハヨウ、ラジャ!」

 だってトラオミも毎日「どこにいるのかわからないけど、ラジャさんおはようございます」って言うんだよ。
 素敵な挨拶だと思って、ボクもラジャに言うようにしてるんだ。もちろん返事は聞こえないけどね。

「アオキも、オハヨウ」
「おはようございます…」

 今日もアオキは着かない様子で、ダイニングに座ってる。
 やっぱり怪我で何も出来ないのは、退屈だと思うから。
戻ってきたらもっとアオキとも話したり、一緒に出掛けたりしたいな。

「咲良」

 レンがキッチンから出てきて、ダイニングの椅子にかけてあったジャケットを身に着ける。珍しくネクタイまで。
 今日は何か、改まった仕事でも入っているのかな。そういう服装、スレンダーな身体が強調されて色っぽい。

「お前、すぐに出るのか?」
「ソウダネ、まだスコシ早いケド」
「じゃあ送ってやるから、乗って行けよ。朝メシあるから、車で食え」