苦笑いに変わった顔。
すごいな。やっぱり虎臣くんは見た目だけじゃなく、精神的にも同級生たちより、ずっと大人なんだ。
「先生がオレたちに口うるさく言うの、当たり前でしょ。先生なんだから」
「そうだね」
「オレとしてはいちいち先生に、蓮さんと比べられる方が面倒くさい」
「蓮さんと?」
「うん。蓮さんね、今オレが通ってる中学の出身なんだ。しかも蓮さんが二年のときに担任だった先生が、今のオレの担任なんだよ。だからいちいち葛(カズラ)はあーだった、葛はこーだったって…知らないよそんなの。関係ないじゃん?オレは蓮さんの、弟でも何でもないんだから」
溜息を吐いた虎臣くんが、むすっとした表情になる。ぼくは初めて彼の、中学生らしい顔を見たような気がした。
「大体あの人、何でも出来過ぎ。あんなのと比べられたら誰だって凹むし」
「…確かに、そうかも」
「だよね?ホントもうムカつく。家事完璧だし、見た目モデル並みだし、カメラマンとしても才能あるし。なんなのあの人。なんで蓮さんだけ、何でも出来ちゃうの?」
虎臣くんの零す愚痴は、ぼくが考えていたことと、あまり変わらない。
ちょっと驚いてしまった。
蓮さんには何でも出来て、ぼくは何一つまともに出来なくて。
でも虎臣くんだって、ぼくから見れば何でも出来るのに。そんな彼でも同じようなこと考えるんだ。
「…どうしたの?二宮さん」
「あ、ごめん、その…虎臣くんでもそんなこと考えるのかって、思って」
「オレでも?」
「うん…だってぼくから見たら、虎臣くんは十分すごくて、羨ましいのに」
大人顔負けの落ち着きと、気遣い。他人を見る彼の冷静さや、そこで気付いた何かに応じられる、優しい性格。
ぼくにとっては、虎臣くんも十分、羨ましい存在だ。
「ぼくは南国荘で、何度虎臣くんに救われたか、わからないから…」
「ちょ、二宮さんっ」
「え?…何か変なこと言った?ぼくは虎臣くんのこと尊敬してるよって…」
気に障るようなこと、言ったのかな。
戸惑うぼくの前で、驚いた顔の虎臣くんは、赤くなっていく顔を隠すように、手で口元を押さえた。
「ヤメてよもう…咲良さんといい、二宮さんといい」
「咲良、さん?」
「オレのこと持ち上げたって、何もいいことないよ!ガキに気を使うことないんだから」
「そんな、ぼくは本当に」
「わ、わかった!わかったから、もういいってば。ありがと」
「虎臣くん」
「二宮さんのことガッカリさせないよう、これからも精進シマス。はい終了。ほらほら、もう家だから」
人のことはいつも自然に褒める虎臣くんなのに、自分のことを言われると、こんな風に照れちゃうんだ。
ぼくの言葉に彼は怒ったわけじゃなく、喜んでくれたんだって。鈍いぼくが気付いたのは、しばらく後のことだった。