「それで、食べたくなったの?」
「うん。蓮さんのドーナツって、伶志のために作るときはチョコかかってたり、クリーム挟んでたりして、かなり甘いんだけど…オレにって作ってくれたんなら、シンプルなやつだよね?」
「うん、こんな…」
と言いながら、蓮さんの置いていった大きなお皿を持ち上げて、虎臣くんに見せてあげる。
「揚げドーナツだよ」
「やっぱ何もかかってないやつだ!すごい、嬉しいっ」
案の定、虎臣くんは瞳を輝かせていた。
そういう顔、いつもの虎臣くんからは想像できないくらい子供っぽい。
「あの人どうしてオレの食べたいもの、わかるのかなあ?」
「そうだね」
「榕子さんだったら、ラジャさんや精霊に聞いてるのかな?って思うんだけど。蓮さんにはその手も使えないし」
なんか不思議、と呟く虎臣くんの前に、ドーナツの乗った皿を置いて。ぼくはキッチンに歩いていく。
「何か飲む?」
「うん!ん〜…コーラってまだあった?」
「あったと思うよ。でも寒くない?」
「全然。あれ?そーいえば…」
と、虎臣くんは周囲をきょろきょろ見回していた。
「榕子さんは?」
「ああ、榕子さんなら一時間くらい前に、出掛けて行ったよ」
「そっか」
「…あの、何か用でもあった?」
「え?いや、そうじゃないんだけど」
なんだか複雑な表情をしている虎臣くんは、ぼくを見てくすっと、さっきまでが嘘みたいに大人っぽい顔で頬を緩めた。
「最近は、二宮さんなんだなって」
「ぼく?」
「うん。…オレね、ここへ来るまでずっと誰もいない家に帰ってたんだ。両親が共働きだったから。でも南国荘に住むようになって、帰ってくると必ず榕子さんが迎えてくれるようになってさ」
「………」
「子供っぽいんだけど、いまだに結構、嬉しいんだ」
「虎臣くん…」
ここにはいない榕子さんを、思い出しているんだろう。すごく優しい顔をしてる。
でもあの顔は、目の前のぼくに向けられているものじゃない。
「おかえりって言われると、すごい嬉しい。最近はたまに榕子さんいなくて、二宮さんが言ってくれるでしょ?」
ありがと、って虎臣くんは言ってくれたけど。ぼくは冷静な顔をしていられなくて、慌てて後ろを向き、キッチンの奥へ駆け込んでいた。
だってそんなこと、考えてもいなかったんだ。
ぼくが榕子さんと虎臣くんの、大事な時間を邪魔してるなんて。
二人が大切にしている温かな時間に、何も考えず無遠慮なぼくが割り込んでいるだなんて。
そんな酷いことをしてるなんて……少しも気がついていなかった。