蓮に抱きつく力を緩め、間近になった彼の瞳を見つめる。
「…好きだよ。愛してる」
「ああ」
「そんな風にいつでも口に出来る咲良くんが、羨ましかったんだ」
「お前も言えばいいんじゃないか?」
「それは…その。咲良くんみたいに、ところ構わず毎日のようには、ちょっと」
「だろうな。俺としてもそれは、顔がニヤけて困る」
くすっと笑った蓮につられて、僕も笑ってしまった。笑いながら引き寄せられたから、何度か唇を触れ合わせる。
咲良くんみたいに情熱的な口説き方はできないけど、ここにいるのは……蓮が抱きしめてくれるのは、僕なんだ。
「それで、長崎がなんだって?」
「あ、うん。来週の水曜から金曜まで、長崎取材でしょ?僕も同行してこいって、編集長が」
「そうか…京都以来だな」
「だね」
「来週か」
蓮は僕の肩越しに、カレンダーを見つめているみたい。しばらくして僕の顔を見上げると「仕事、忙しいか?」と聞いてくれた。
「今?」
「来週」
「大丈夫だよ。今はちょっとバタバタしてるけど、来週の頭には片付くから」
「だったら…週末まで長崎に滞在しないか」
思ってもみなかった提案に、僕は驚いてしまった。だって蓮は、たとえ取材でも三日以上、家を空けようとしないのに。
「嬉しいけど…南国荘はどうするの?」
「大丈夫だろ。今は虎臣や二宮がいるしな。今日も晩飯の後片付け、任せてきた」
「いいのかな…そんなワガママしても」
「構うな、何とかなるさ。長崎でまた、猫に勝手な名前つけて回れよ。付き合ってやる」
くすくす笑う蓮が、高校の修学旅行のことを言ってるんだってわかって、僕は頬が熱くなる。
あの時、少しだけ二人で歩いた長崎の街。
写真を撮る蓮の隣で、僕は街で見かける猫たちに、勝手な名前をつけて遊んでいた。
「ほんとに、付き合ってくれるの?」
「ああ」
「じゃあ…今度はちゃんと、言ってよね」
「?…何を」
「僕を撮るとき。見たんだよ、蓮があの時撮ってた、僕の写真」
「お前…いつのまに」
意外だったのか、蓮はばつが悪そうに僕から視線を逸らせた。
お互いに恋心を抱えながら、何も出来なかった高校時代。
蓮がこっそり撮っていた僕の写真は、とても優しい視線で撮られていて、すごく嬉しかったんだ。
南国荘に来てから、部屋に置いてあったのを、勝手に見ちゃったものなんだけどね。
「…仕方ないだろ。大体、あのライカはお前を撮りたくて、手に入れたんだ」
「え…あの古いカメラ?」
「あれは俺のじいさんが、ばあさんを撮っていたものなんだ。俺がカメラを始めるきっかけになったライカ」
「蓮…」
「榕子さんや叔父貴たち…伶(レイ)と雷(ライ)の父親たちに許可を貰って、俺が譲り受けた。お前を、撮りたかったから」
「…僕を?」
「ああ。大体、俺は修学旅行なんか行く気がなかったんだよ。南国荘や榕子さんを、放っておけなかったからな。…それでも長崎へ行ったのは、あのライカでお前を撮るためだ」