流れる涙が止まらなくて、ボクはレンの写真を伏せて置くと、ベッドに横になった。
どうしようもないことばかりだってわかってるのに、止まらない。
一週間だけ戻ったギリシャ。向こうに滞在していたのは、ほんの三日ぐらい。
その間にボクは、忙しく恋人たちの元を訪れ、別れを告げた。
日本で運命の人を見つけたんだ。だから君の元へは戻れない。一方的にそう告げるボクを、みんな笑っていたけど。
彼らはボクのいないところで、こんな風に泣いただろうか。あまりに誠意のないボクの別れを、恨んでいるかもしれない。
……有頂天だったんだ。
レンに会えたことや、現実の彼が想像していたどんな姿より、素敵だったことに。
無邪気にレンを口説き続けたボクは、チトセや他の色んな人々を、あまりに傷つけていた。
幸せと、不幸せは、等分。
誰かを傷つけたなら、同じだけ自分も傷つかなければならない。
「アイシてたよ、レン…」
呟いたボクは布団に包まって、強く目を閉じた。
何かを諦めるのは、終わりを認めること。
想いに勝ちも負けもないけど、確かにボクは負けたんだろう。
チトセの愛に。二人の絆に。
勝てなかったんだ。
……違うな。最初から、負けていた。
情けなく泣きながら眠って、頭痛を感じながら目を覚ます。
朝になってもまだ、ボクの心は静まっていない。
だからボクは起き上がり、ベッドに座って何度か深く呼吸を繰り返した。なんとか落ち着いた自分の中で、イメージする。
それは幼い頃から続けている、自分との向き合い方だった。
自分の愛をたどる。心を遡る。
その果てにある箱を開け、大切なものをひとつずつ、詰め込んでいく。
散らかしすぎた部屋を、片付けるときみたいに。何かを見つけるたび、思いを馳せては手を止める。
時間のかかるその作業を追え、ようやく心のフタを閉めたとき。
遠慮がちなノックが、ドアの向こうからボクを呼んでいた。
「あの…咲良さん、起きてる…?」
トラオミの声。すごく躊躇って、迷っているのがわかる。
ベッドを抜け出したボクは、手の甲で顔を拭って、ドアを開けた。
「あ…」
「トラオミ」
「ごめんね。あの、今日まだ、何も食べてないでしょ?だから…その」
おろおろと言葉を探してるトラオミは、目を伏せていた。
両手に持ったトレイには、タラモサラタとムサカが乗ってる。どちらもギリシャでは見慣れた料理。日本ではなかなか食べられないと思っていたのに。
「それ、レンが?」
「うん…みんなも下で食べたんだよ。すごく美味しかった」
トラオミは泣きそうな顔で笑ってた。
すごいな。レンが調べて、作ってくれたのかな。どんな味なんだろうね。ギリシャで食べていたものと同じではないだろうけど、レンが味付けしたムサカは、きっと美味しいに違いない。