【南国荘U-I】 P:04


 流れる涙が止まらなくて、ボクはレンの写真を伏せて置くと、ベッドに横になった。
 どうしようもないことばかりだってわかってるのに、止まらない。

 一週間だけ戻ったギリシャ。
向こうに滞在していたのは、ほんの三日ぐらい。
 その間にボクは、忙しく恋人たちの元を訪れ、別れを告げた。
 日本で運命の人を見つけたんだ。だから君の元へは戻れない。一方的にそう告げるボクを、みんな笑っていたけど。
 彼らはボクのいないところで、こんな風に泣いただろうか。あまりに誠意のないボクの別れを、恨んでいるかもしれない。
 ……有頂天だったんだ。
 レンに会えたことや、
現実の彼が想像していたどんな姿より、素敵だったことに。
 無邪気にレンを口説き続けたボクは、チトセや他の色んな人々を、あまりに傷つけていた。
 幸せと、不幸せは、等分。
 誰かを傷つけたなら、同じだけ自分も傷つかなければならない。

「アイシてたよ、レン…」

 呟いたボクは布団に包まって、強く目を閉じた。
 何かを諦めるのは、終わりを認めること。
 想いに勝ちも負けもないけど、確かにボクは負けたんだろう。
 チトセの愛に。二人の絆に。
 勝てなかったんだ。
 ……違うな。最初から、負けていた。
 
 
 
 
 
 情けなく泣きながら眠って、頭痛を感じながら目を覚ます。
 朝になってもまだ、ボクの心は静まっていない。
 だからボクは起き上がり、ベッドに座って何度か深く呼吸を繰り返した。なんとか落ち着いた自分の中で、イメージする。
 それは幼い頃から続けている、自分との向き合い方だった。

 自分の愛をたどる。心を遡る。
 その果てにある箱を開け、大切なものをひとつずつ、詰め込んでいく。
 散らかしすぎた部屋を、片付けるときみたいに。何かを見つけるたび、思いを馳せては手を止める。
 時間のかかるその作業を追え、
ようやく心のフタを閉めたとき。
 遠慮がちなノックが、ドアの向こうからボクを呼んでいた。

「あの…咲良さん、起きてる…?」

 トラオミの声。すごく躊躇って、迷っているのがわかる。
 ベッドを抜け出したボクは、手の甲で顔を拭って、ドアを開けた。

「あ…」
「トラオミ」
「ごめんね。あの、今日まだ、何も食べてないでしょ?だから…その」

 おろおろと言葉を探してるトラオミは、目を伏せていた。
 両手に持ったトレイには、タラモサラタとムサカが乗ってる。どちらもギリシャでは見慣れた料理。
日本ではなかなか食べられないと思っていたのに。

「それ、レンが?」
「うん…みんなも下で食べたんだよ。すごく美味しかった」

 トラオミは泣きそうな顔で笑ってた。
 すごいな。レンが調べて、作ってくれたのかな。どんな味なんだろうね。ギリシャで食べていたものと同じではないだろうけど、レンが味付けしたムサカは、きっと美味しいに違いない。