落ち着きを取り戻したせいか、心が和らいだからか。けっこう深く、眠りに落ちてしまった。
目を覚ましたボクは、時計を確かめ慌てて部屋を出る。
もう7時を回っていた。トラオミのおかげでゆっくり寝られたけど、これじゃレンたちが家を出るのに間に合わない。
いつもチトセが会社に行くのは7時半。もしかしたら今日は、もっと早いかもしれないのに。
「オハヨウ!」
勢い良く飛び込んだリビング。
ダイニングへ向かうと、キッチンにはレンじゃなくアオキが立っていた。ダイニングテーブルに、ヨウコさんとトラオミと。それから、少し眉を寄せて不安そうな顔をした、チトセがいる。
「おはよう、さくらちゃん」
「オハヨ!ヨウコさん、ラジャは?」
「ここよ」
と、ヨウコさんの指さす方を見つめた。
相変わらずボクには見えないけど、そこにきっとラジャがいて、彼には全てお見通しなんだろう。見えないラジャは、どこへでも行けんるんだから。
「ラジャ、オハヨウ!」
いつもは何をしているのかな?そもそもラジャって、何なんだろ。
今度ヨウコさんに、ちゃんと教えてもらおう。
「おはよ、咲良さん。今日からしばらく、二宮さんのご飯だよ」
「オハヨウ、トラオミ。ウレシそうだね」
「え?そうかな」
「トラオミはアオキのゴハン、ダイスキだもんね?」
「あはは。確かにそうかも。だって二宮さんは、蓮さんみたいに食え食え言わないし。おまけに美味しいし」
「ボクもスキだな、アオキのゴハン。オハヨウ、アオキ。ムリしてナイ?」
「おはようございます、大丈夫ですよ。口に合うかどうか、わからないけど…今ご用意しますね」
「アリガト」
アオキに笑いかけ、自分の席に座る。目の前はチトセだ。
どうにも不安そうな顔のチトセは、何を話していいのか、わからないでいるみたい。ボクを見つめ、曖昧な表情のまま黙っていた。
「オハヨ、チトセ」
「うん…おはよう、咲良くん」
「レンは?一緒じゃナイノ?」
「蓮は羽田から一番早い便で、長崎に発ったんだ。僕は一度会社に行ってから、お昼の便で長崎に入る予定」
「ソウ。シゴトじゃ仕方ないケド、一緒じゃナイのはちょっとサミシイネ」
「咲良くん…」
チトセが大好きなんだって、ちゃんと伝わってるかな。
もう彼と笑顔でレンの話をするのも、平気だよ。終わった恋に囚われていたって、誰も幸せになれない。
ボクの顔をじっと見ていたチトセには、ちゃんと伝わったんだろう。すごく優しく笑ってくれた。
「しばらく家を空けるけど、その間よろしくね」
「OK、ダイジョーブ。ナンゴクソウのことは気にシナイで、楽しんでキテネ」
「ありがとう」
「レンにタクサンわがまま言って、タクサン甘えてキテ。ナガサキ行ったらチトセはパパじゃないんダカラ」
ほわっと頬を染めたチトセが可愛い。レンの愛している人、こんな風に照れて笑うんだね。今まで気付かなかった。