ボクはたぶん、自分の中で何かが始まったのを知ったと同時に、すぐそばで小さな恋が生まれた瞬間を目にしていた。
「疲れた?少し休もっか」
「いいよ…大丈夫、平気だから…」
「ダ〜メ。全然平気な顔してないでしょ」
「…ごめん」
「ここ座ってて。オレ、なんか飲むもの買ってくる。咲良さ〜ん」
呼ばれる前から、ボクはその会話を聞いていた。
写真を撮っていたボクの後ろで、さっきから交わされている、互いを思い遣った二人の会話。まだ彼らは気付いていないのかな。
振り返って見つけたのは、ボクに駆け寄るトラオミと、トラオミに言われて素直に腰を下ろしているアオキ。
横浜に着いてからというもの、トラオミはアオキばっかり気にしてるし、アオキもいつもよりトラオミのこと、頼ってる。無意識みたいだけどね。
微笑ましいと思うし、悪くないんだけど。ちょっとだけ面白くない。
「まだここで写真撮る?移動するの、もう少し後でもいい?ちょっとだけ休憩しようよ」
「…イイケド」
「じゃあオレ、飲み物買ってくる。咲良さんは何がいい?」
「トラオミ」
「え?」
「サミシイ!ボクにも構ってヨ!」
いきなりぎゅって抱きしめたら、周りにいた観光中の人たちに笑われてしまった。子供とじゃれ合う外国人、って感じに見えたのかな。まあ間違ってはいないよね。
トラオミは少し顔をしかめたけど、やっぱり彼も可笑しそうだ。
「ちゃんと構ってるだろ?なに子供みたいなこと言ってんの」
「さっきからトラオミは、アオキばっかりダヨ。ボクは?!」
「だから何飲むか、聞きに来たじゃん」
「アオキのツイデに?」
「そうじゃないってば。ほら、離れて。そんなに言うなら、一緒に行こうよ」
ボクの背中を押すトラオミは、アオキを振り返って「待ってて」と声を掛ける。
どっちも気付いてないんだね。
でもボクには、そこで開き始めている大切なもの、見えるんだけど。
恋をするのは素晴らしいことだ。
上手くいくことも、そうじゃないこともあって。ひとつひとつのことに、嬉しかったり悲しかったりする。
でもそういう痛みや幸福が、人を成長させるんだろう。トラオミの恋はきっと、トラオミをもっとステキな人間にしてくれる。
……出来ればその相手、ボクがしたかったのにな。
レンへの気持ちを片付けたせいで、心の中にがらんと空いてしまった場所。トラオミが埋めてくれたら嬉しかったんだけど。
彼らの間に生まれようとしている、新しい関係を思うと、あまりワガママも言えない。
トラオミと一緒に近くの自動販売機で、三人分の飲み物を選ぶ。ボクが迷っていると、トラオミが缶の飲み物を指さした。