なのに、虎臣くんが自分に背を向ける。
ただそれだけのことが苦しくて、どこでもいいから逃げてしまいたくなる。
「お待たせ、二宮さん」
楽しげな様子で、虎臣くんは咲良さんと一緒に戻ってきた。
咄嗟に声を出せなかったぼくに、虎臣くんが差し出してくれたもの。
びっくりした。
本当に驚いたんだ。
黄色い缶の温かい飲み物は、地元でも一台しか売っている自販機を見たことがない。もちろん東京に出てからは、一度も目にしなかったものだ。
「懐かしい…」
「あったまるよ」
渡されたのは飴湯(アメユ)。
夏はひやしあめ、冬はあめゆ。同じ缶の対称面に両方書いてあって、時期により見本の向きを変えられていた、珍しい缶飲料。
本当に飴を溶いたような優しい甘さに、生姜が加えられていて、地元にいた頃はときどき飲んでいたものだ。
手にした缶があったかい。冷え切っていたぼくを、心の中まで温めてくれるみたいに。
顔を上げると、嬉しそうな顔で笑う虎臣くんがいて。「嫌いじゃないよね」と当たり前のように言う。
「うん…どうしてわかったの?」
「なんとなく好きそうかなって、思ったんだ。当たり?」
笑みが、悪戯っぽく変わった。
ぼくは何を勝手に、寂しがっていたんだろう。こんなにも優しくされているのに。
飲んで、と促され、缶を開ける。久しぶりに口にした甘さが、泣きたくなるくらい嬉しかった。
「美味しい…」
「良かった。元気になれそう?」
「うん。ありがとう、虎臣くん」
「どういたしまして」
身体の奥、心の底まで広がっていく、じんわりと甘い温かさ。
それを虎臣くんが与えてくれたことに、彼の優しさに、固くなっていた気持ちがどんどんほぐれていく。
咲良さんと虎臣くんが、次に回る場所の話をしているのに耳を傾けながら、缶を飲み干した。
そうしたら、虎臣くんがすっと、自分の飲んでいたお茶のボトルを差し出してくれた。
「え?」
「後味、甘いでしょ。いらない?」
「あ…あの」
「二宮さんって、回し飲みとか苦手だったっけ」
「そんなことは…」
「うん。じゃあ、あとはあげる」
また当然って顔で。虎臣くんが待ってるから、慌ててボトルを受け取った。
どうしよう。恥ずかしくて顔が上げられないよ。
誰かに優しくしてもらうことが、申し訳ないと思うより照れくさく感じるのは、すごく嬉しいせいなんだって。
ぼくはそのとき、生まれて初めて知ったんだ。
横浜から南国荘に帰ってきたのは、日が傾いた頃だった。
中華街で「お土産買って晩ご飯にしちゃおうよ」と提案したのは、虎臣くん。三人でお店を見て回り、ちょっと買いすぎだと思うくらい、色々買ってきた。