【南国荘U-J】 P:07


 
 
 
 月曜日の午後三時。今日は珍しく、南国荘のキッチンにぼく一人だけ。
 伶志(レイシ)さんと雷馳さんは相変わらず忙しいみたいで、部屋に篭ってる。
 榕子さんはお医者さんから帰って来たぼくと、入れ替わりに出掛けていった。今日はお友達とお酒を飲みに行くから、夕食はいらないって。
 外でお酒を飲むなんて……なんだか意外。榕子さんには驚かされてばかりだ。

 そういうわけで、キッチンのカウンターから見える、ダイニングからリビングまでの広い空間には、誰もいない。
 だけど、ぼくの心は明るかった。
 もうすぐ虎臣くんが帰ってくる。咲良さんも、夕食までには戻ると言っていた。
 今日は虎臣くんが好きだという、カレーにしたんだけど。喜んでくれるかな。

 昨日も、今日も。南国荘の家事が楽しい。
 こんなにも広いお屋敷、掃除だって洗濯だって、人数が多い分大変だ。でも今のぼくは、蓮さんみたいに仕事と両立しなければならないわけじゃない。要領の悪いぼくだと、一日なんてあっという間だしね。

 南国荘での家事は、みんなのために何かをすること。
 誰かの笑顔を見つけるため、一生懸命に考えて、行動を起こすことだ。

 どんな食事が喜んでもらえて、どんな風に片付ければ快適なのか。
 難しいけど、自分なりに考えてみる。行動に移して待っていると、誰かが気付いて喜んでくれる。
 想像するだけで、楽しくてしょうがない。
 家事をこんな風に捉えて考えたこと、今まで一度もなかったから。

 ぼくの任されている家事は、一応今日までだけど……蓮さんが帰ってきたら、少しでいいからこれからも手伝わせてもらえないか、聞いてみようかな。
 ケガが治って仕事を見つけて、東さんに借りているお金を返して。それは大事なことだし、いつまでも南国荘にいられないのは、わかってる。
 その日が近づいているのも、残念だけど事実だ。
 でもぼくはもう、そのことを気に病まないことにした。仕事を見つけてここを出ても、なんとか近くに住めないか、考えるつもり。
 東さんも「一緒に考えよう」って言ってくれた。そう言ってもらえたときは、嬉しいけど申し訳なくて、泣くばかりだったのに。
 今は、東さんが長崎から帰ってきたら、ちゃんと相談しようと思ってる。

 ごめんって言われるより、ありがとうって言われたい。
 虎臣くんの言葉だ。
 あの日からずっと、彼の言葉はぼくの中で、温かく大きく、存在し続けている。

 当たり前のことなのかもしれないけど、ぼくには考えもしないことだった。
 自分のすることが、人の迷惑になってしまわないか。そんなことばっかり気にしていたから。
 でも考えてみたら、当然のこと。
 自分のしたことで相手が申し訳なさそうに顔を歪めるのと、喜んで笑顔になってくれるのと。どっちが嬉しいかといえば、後者に決まってる。
 だったら立場が逆になっても、答えは同じはずだ。
 ぼくが下を向いて「すいません」って言うより、顔を上げて「ありがとう」って言う方が、感謝している気持ちは伝わる。