兄は、誰にでも愛想のいい人だ。
だけど時々、癇癪を起こして怒りを爆発させる。
元々何でも出来る人で、何もかも思い通りにしているから。たまに自分の考えが通らないと、我慢できなくなるみたい。
義父と母が再婚するまで、彼は誰にも知られないよう、物に当たってその怒りをやりすごしていたらしい。それをぼくが偶然見てから、彼のその怒りは、ぼくに向けられるようになった。
最初は突き飛ばされたり、服で隠れるところを殴られる程度だった。
もちろん驚いたけど、ぼくは逆らわなかったんだ。
父と再婚して、いままで苦労していた母がとても幸せそうだったから。
その母にとっての気がかりは、無能なぼくだけなのだと、知っていたから。
一度だけ、身体の不調を母に悟られ、心配させたことがある。何があったのかと問われたとき、打ち明けようかどうしようか迷うぼくに、彼女は辛そうな顔で言ったんだ。
お父さんには言えないから、自分にだけ話して欲しいのだと。
ぼくは自分が、どれほど母に負担をかけているのかを、思い知った。
それからは兄に何をされても、口を噤んでいた。母にも悟らせないよう、我慢した。
何も出来ないぼくが、家族のためにできるのは、そんなことだけだったから。
兄としても、両親に知られたくなかったんだろう。だけどそういうストレスが、どんどん兄を追い詰めてしまった。
……それがいつだったのか。何がきっかけだったのか。ぼくにはよく思い出せない。
確か珍しく、学校で兄と話をしたような気がする。兄は友人たちに、ぼくを新しく出来た弟なんだと紹介してくれた。親しげに肩を抱いてくれたことに、驚いて。思わず兄の腕から逃げ出してしまった。
そんなぼくの態度に、兄は腹を立てたのかもしれない。
両親は仕事に忙しく、いつも深夜にしか帰ってこなかった。
学校から帰ってきた兄は、先に帰っていたぼくを見つけると、何も言わず自分の部屋へ引きずっていった。
また殴られるのだと思っていた。
痛みを予感して、身を固くしていた。
でも、兄は。
ぼくを自分のベッドへ突き飛ばして。
蔑みの言葉を吐きながら服を剥ぎ取り、同性であるぼくを、犯したんだ。