「お前の部屋は?」
兄さんに聞かれて、ぼくは自分の部屋のドアを開けた。先に部屋へ入った兄さんは、不機嫌そうに中を見回している。
咲良さんが帰ってきて、夕飯を食べている間もずっと、虎臣くん兄さんが別の部屋に泊まるよう、話しかけてくれていた。
でも兄さんはけして、聞き入れようとしなかったんだ。
虎臣くんも少しずつ、違和感を抱いたんだろう。最後は強引にぼくの腕を掴み、自分の部屋で寝るよう言ってくれたけど。兄さんに引き離されてしまった。
―――蒼紀は繊細な子だから。家族以外の人と一緒の部屋では、寝られないんだよ。
あくまで優しげに。でも絶対に譲らない強引さで、ぼくを虎臣くんから引き離す。
―――寝られないよな?蒼紀…俺以外の人間と寝て、淫乱な自分を晒すのは、さすがに耐えられないだろ?
ひっそりと囁かれた言葉。
ぼくは兄さんに従い、虎臣くんにもういいのだと、首を振るしかなかった。
あんな目に遭っていたこと、虎臣くんに知られるくらいなら、死んでしまった方がましだ。
兄さんはきっと……ぼくを連れ戻すためなら、虎臣くんに話すことなど厭わない。
ぼくが兄さんを誘惑し、肉体関係を持つよう強要したのだと。
ドアを閉めて、その前に立ち竦む。
兄さんは部屋の真ん中で足を止め、イスの上に自分の荷物を置いて、振り返った。
「何か言うことはないのか?」
「っ…ごめん、なさい」
「本当にな。お前はどこまで俺を振り回すんだ?よくも自分一人で生きていけるなんて、考えられたな。何も出来ないくせに」
「兄さん…」
「お前みたいなの、どうせ何の役にも立たないんだ。仕事をクビになって、一文無しになった挙句、他人の世話になっていただと?呆れ果てて言葉もない」
「ごめん…ごめんなさい…」
ぎゅっと両手を握り締め、兄さんの顔を見なくて済むよう、目を閉じて下を向く。
溜息を吐いた兄さんは、足早に近づいてくると、ぼくの腕を掴んでベッドまで引きずっていった。
「お前なんかの醜い嫉妬で、俺がどんなに迷惑したと思ってる」
「ち、違っ…!」
「何が違う。大体、俺に女が出来からって、お前がとやかく言える立場か?」
「そんな、ぼくは」
「うるさいよ、蒼紀」
撥ねつけられたけど、ぼくは言葉を飲み込んで、首を振った。
兄さんに彼女が出来たとき、たぶん一番喜んだのはぼくだ。でもその事実に、一番絶望したのもぼくだった。
ぼくより先に高校を卒業し、地元で最もレベルの高い大学に入った兄さんは、二回生の夏ごろ、初めて彼女を家に連れて来た。
その時ぼくは、これで自分が解放されるのかもしれないと思った。陵辱され続けた日々が、やっと終わるんだって。
でも兄さんは、何も変わらなかった。
彼女を抱いた日でも、彼女の家族に会ったという日でさえ、家に帰れば平然とぼくを抱いた。