お兄さんは今夜、南国荘に泊まるって決めてしまった。
さっきまであんなにちゃんと、話をしてくれていたお兄さんは、それ以降全然、オレの言葉に耳を貸してくれない。
こんな人に会ったの、初めてだ。
千歳さんも、言葉の少ない蓮さんだって、ちゃんとオレの話を聞いてくれる。
なのにお兄さんは、オレが何かを言い出そうとすると、やんわりした口調で、でもオレの言葉を遮って、話をさせてくれないんだ。
激しく反論されるなら、声を荒げて物を言えるかもしれない。
でもこんな風に何気なく、強引さを悟らせないようなやり方じゃ。何も伝えられないし、話し合うことだって出来ないよ。
優しげだけど、一方的な話し方。明るく朗らかなのに、自分のことばっかり喋ってる。
せっかくのカレーは味がわからないし、二宮さんの様子が気になって、気持ちばっかり焦っていくんだ。
「蒼紀(アオキ)」
お兄さんが、立て篭もるかの様にキッチンから出てこない、二宮さんを呼んだ。
ケガは順調に治っているはずなのに、顔色の悪い二宮さんは、ふらふらした足取りでこっちへ歩いてきた。
「食事は済んだよ、片付けなさい」
「はい…」
「あ、オレ手伝う」
慌てて立ち上がろうとしたオレは、お兄さんに止められてしまう。
「いいんだよ、これくらい」
「でも」
「蒼紀はこれくらいしか出来ないから。気にしなくていいよ」
カチンときた。
なにそれ!これくらいって、食器洗いは大変じゃないとでも言うつもりなのかよ!
そうだ、ちょっと前にも言ってた。蒼紀は何も出来ないからって。
なんでそんなこと言うんだよ。二宮さんは器用だし、家事の手際だってすごいのに!
ムカついて反論しようとしたオレは、咲良さんに優しく背中を叩かれて、仕方なく言葉を飲み込む。
「おテツダイ、トラオミのシゴト」
「咲良さん」
「チャントやらなきゃネ?行ってオイデ」
「うんっ」
言いたいことはたくさんあったけど、それより二宮さんの方が気になる。咲良さんに背中を押してもらって、オレは二宮さんを追い、キッチンへ駆け込んだ。
「二宮さんっ」
「………」
「ごめんね、オレ。余計なこと言って」
「…ううん」
「あの…苦手なの?お兄さんのこと」
小さい声で聞いてみる。グラスを洗っていた二宮さんの手が、びくっと止まった。
「もしかして、嫌いだとか…?」
もっと声を小さくする。
思えば二宮さんから、お母さんの話は何度か聞いたことがあるけど、お兄さんの話を聞いたことはない。
ちらっと横顔を覗き込んでみる。
目を伏せてる表情は、長めの前髪に隠れてよくわからないけど。二宮さんの表情、オレには泣いてるように見えた。