ヒロナリとアオキが普通の兄弟なら、トラオミの配慮は褒められこそすれ、こんな後悔に繋がらなかっただろう。
人にはね、どんな状況であっても、手を差し伸べてくれる誰かがいる。ボクはそう信じてるんだ。
だけど差し伸べられた手に気付かなければ、あるいは気付いたとしても、その手を掴まなければ。助けてもらうことは出来ない。
アオキの前には、トラオミもボクもいた。
助けてと声を上げれば、必ず助けてあげたよ。
でもアオキには、そう出来ない何かがあったんだろう。恐怖か、それ以上の何かなのか、ボクにはわからないけどね。
結果として、アオキが救いから背を向けるなら、ボクたちは黙って見送るしかない。
悪いのはトラオミじゃない。
もちろん、アオキでもヒロナリでもない。
それぞれが精一杯考えた。良い悪いは関係ない。これは、事実だ。
ボクの腕の中で、トラオミが顔を上げる。
辛そうに顔を歪めていた。
安心して、と囁く代わりに笑いかける。
キミが一生懸命だったこと、ボクはちゃんと見ていたよ。アオキを助けることは出来なかったけど、キミは出来る限りのことをしたんだ。
泣かないでトラオミ。
キミはけして悪くない。
少しだけほっとした表情を浮かべたトラオミは、甘えるように身体を預けてくれる。
ボクは何度でも彼の髪に触れ、強く肩を抱きしめる。
「二宮(ニノミヤ)さんのお兄さん、連れ戻しに来たんだって」
「アオキを?」
「うん…二宮さんがそう言ってた」
「ソッカ。ソレでトラオミは、タクサン後悔してるんダネ」
「うん…」
せっかくアオキの素敵な所をたくさん見つけて、彼の微笑みを手に入れ始めたトラオミだから。引き離されるのはイヤだよね。
家族として、ヒロナリがアオキを心配しているなら、その気持ちをないがしろにしちゃいけないけど。あの様子では、アオキはけして、家に戻ることを望んでいないんだろう。
ボクは少し思案して、元気よくトラオミの腕を叩いた。
「ダイジョーブ。そんなことにはナラナイ」
「え?」
自信を持って断言するボクを、トラオミは驚いた顔で見つめてる。
大きな瞳、かわいいね。
アオキはトラオミのそばにいる方が、きっと幸せになれる。
きれいな光の宿る、トラオミの瞳。この光に包まれていたら、アオキはもっと笑えるようになるよ。
ボクの自信がよくわからないんだろう。トラオミは少しだけ首を傾げた。
「なんで?だって二宮さん、お兄さんには逆らえないって言ってたよ」
「アオキがヒロナリに逆らえないなら、ナンゴクソウのみんな、トラオミに逆らえない」
「は?…オレ?!」
びっくりした顔で、トラオミが自分を指さしてる。ボクは「ソウダヨ」と頷いて、にいっと口の端を吊り上げた。