可哀想なアオキ。暴力で同じ男から身体を引き裂かれるなんて、どんなに辛かっただろう。ヒロナリを見ていればわかるよ。おそらく初めてのことじゃない。
トラオミが癒してあげたかな。
人に触れることが怖くなったとき、その温かさを思い出させてくれるのも、やっぱり人だと思うんだ。
他人の身体を力で押さえつける権利なんか、誰にもない。どんな理由があったとしても、けしてやってはならないこと。
ヒロナリにも言ったとおり、多少の強引なやり方は、ボクも嫌いじゃない。でもそれは、レイプとは違う次元の話だ。
同じ人間の肌を求めるのは、生き物として当然の本能なのに。レイプはそれを求めることが間違いだと、被害者に恐怖で植え付けてしまう。
アオキはどんなに怖かっただろうね。
あれでは確かに、ヒロナリの前で助けてなんて言えなかったよね。
今夜のことは、トラオミに任せよう。
抱きしめて、泣きたいだけ泣かせてあげれば、アオキも少しは落ち着くはず。
彼を助けてあげるのは、それからでも遅くない。たとえトラオミが言い出さなくても、今度はボクが、アオキを返さないと言うだろう。
明日このことを知ったら、レンやチトセが怒るのは目に見えているしね。
もちろんアオキの身に起きた悲しい出来事を、話して回るつもりはないよ。
だけどもう、アオキを返さない為なら、ボクは手段を選ばない。
朝日の中で目を覚まして、リビングに下りていく。
昨日の朝と同じように、ダイニングテーブルではヨウコさんとトラオミが、食後のお茶を飲んでいた。キッチンにはアオキの姿も。
まだそこに、ヒロナリの姿はない。
いつもと同じ南国荘なのに、みんな暗い顔をしている。
そうだね。すぐに笑えたりはしないよね。
「オハヨウ」
「おはよう、さくらちゃん」
「ヨウコさん、ラジャは?」
「…今日はいないの。ごめんなさいね」
南国荘に来て、初めてのことだ。
何があったのかと驚いたけど、苦笑いのヨウコさんは「大丈夫よ」と呟いた。
「今日は寝坊してるの。中庭にいるわ」
「ソウ…たまにはイイよネ。のんびり寝るのも」
「そうね。そのうち起きてくるから」
「OK」
トラオミの隣に立ったボクは、その顔を見てさらに驚いた。
ボクを心配して、寝られずにいてくれた日とは比較にならない。目が真っ赤に腫れてしまって、見ているボクまで痛みを感じるくらいなんだ。
「…おはよ、咲良さん」
「オハヨウ…トラオミ」
「うん…昨日、ありがと」
ボクは身を屈めて、トラオミの目蓋に口付ける。そのままぎゅっと、彼を抱きしめた。
バカだな、ボクは。
アオキのことばかりに気を取られて、この子のことを考えていなかった。
トラオミは、まだ子供なんだ。