【南国荘U-L】 P:08


 どんなに勇敢で優しくたって、セックスもキスも、まだ豊富な経験をしているはずがない。
 恋をするのも、愛し合うのも、年齢なんか関係ないよ。だけど傷ついてしまった愛しい人を前に、落ち着いていられるほど、トラオミは大人じゃないはずだ。
 昨日の夜、安易に考えてアオキをトラオミに任せてしまった自分を、後悔した。
 何かひとつでも、言ってあげれば良かったのに。
 トラオミは強く抱きしめるボクの腕、優しく叩いてくれる。

「咲良さん…オレ、もう学校行かなきゃ」
「トラオミ」
「あのさ、外まで送ってくれないかな」

 先週まではレンが、昨日はアオキがしていた見送り。トラオミがボクに言うのは初めてだ。

「中庭まででいいから…ダメ?」
「ダメじゃない。ギムナシオ(中学校)まで送ってアゲル」
「学校までってこと?そこまではいいよ。目立っちゃうじゃん」

 くすっと笑ったトラオミは、鞄を手に立ち上がる。その手からボクは鞄を取り上げた。

「ありがと。じゃあ…榕子(ヨウコ)さん、行ってきます」
「いってらしゃい、気をつけてね。気分が悪くなったら連絡してくるのよ」
「うん…でも、大丈夫だから。…あの…二宮さん、行ってきます」

 トラオミはキッチンのアオキにも声を掛けたけど、アオキは顔を上げなかった。
 悲しそうに目を伏せたトラオミと一緒に、南国荘を出る。
 濃い緑に覆われた中庭。トラオミはその真ん中で足を止め、空に向かって顔を上げた。

「ラジャさん、昨日はありがと!学校行ってきます!」
「…キノウ?」
「うん。二宮さんのこと、オレに知らせてくれたのって、ラジャさんだから」

 ラジャが、そんなことを?
 驚くボクと少し歩いて、トラオミはまた立ち止まる。何かを訴えるように、強くボクの手を握っていた。

「咲良さん…」
「うん。ナニ?」
「二宮さんのこと、守って」
「トラオミ…」
「蓮(レン)さんが帰ってくるまで、またあいつが酷いことしないように、見張ってて」
「………」
「オレじゃ、ダメなんだ」

 唇を噛んで、辛そうにボクを見つめる。トラオミの瞳には、涙がいっぱいになってた。

「オレ、何も出来なかった。二宮さんのために、何も出来なかったんだ」

 声を震わせてる。ボクはトラオミを抱きしめる。
 ごめんね、トラオミ。とても辛いことを押し付けてしまったね。

「どうしてオレ、こんなダメなんだろ…なんでもっと、ちゃんと考えられないんだろ」
「トラオミはダメじゃナイ」
「だって二宮さん、あんな泣いて…でもオレ何を言っていいかわからなくて!苦しんでるのに、助けてあげられない…っ」

 愛しい人に何もできないと、トラオミは泣くけど。アオキは今朝、ちゃんと起きて朝ご飯を作っていた。