リビングに戻って、アオキの用意してくれた朝ごはんを食べていると、しばらくしてヒロナリが降りてきた。
不機嫌な顔してるね。
おはよう、と声をかけたボクに「どうも」と曖昧な返事。挨拶も出来ないの?
肩からかけた鞄は、彼の荷物かな。でもこのまま一人で帰るなんて、きっと彼は考えてない。
ヒロナリはヨウコさんを見て、まるで仮面みたいな、気持ちのない笑顔を見せた。
「はじめまして、蒼紀の兄の、浩成です」
「はじめまして。昨日はごめんなさいね、私の帰り、遅かったから」
「いいえ。僕の方こそ、お留守の間に泊めていただいて。不躾なことをいたしました」
「構わないのよ、そのことは」
ボクはそのとき、いつもどおり微笑んでいる榕子さんが、本当は怒っているのかもしれないと感じた。どこが、とは説明できないんだけど。
アオキのことをトラオミに知らせたのは、ラジャだって言ってたね。だったらヨウコさんはラジャから、昨日何があったのか聞いているのかもしれない。
ヨウコさんは「お座りになったら?」と席をすすめている。
「では、失礼して」
余裕をうかがわせるヒロナリが、手近な椅子を引いて座る。
そして座るなり、話を切り出した。
「弟のことでは、大変ご迷惑をお掛けいたしました。朝から失礼かとも思いますが、すぐ連れて帰りますので、ご負担いただいた金額を提示していただけませんか」
がしゃん、とキッチンで物音がする。
ヒロナリはアオキの方を向いて「気をつけなさい」と鋭い声を飛ばしていた。
「すいません…」
「お前は元々、何にも出来ないんだから。これ以上、葛(カズラ)さんにご迷惑をかけるな」
「…はい」
「あーちゃん、お茶のおかわり頼める〜?」
ヒロナリの言葉を完全に無視して、ヨウコさんがアオキに話しかけた。
驚いた表情のヒロナリのこと、全然気にしていないみたいだ。
「あ、の…葛さん」
「はい?ああ、お金のことね。ん〜…困ったわねえ」
「大雑把で構いませんよ。迷惑料だとお考えになって、実際より多く…」
「そうじゃないのよ」
にこりと笑いかける。毒気のない笑顔に、ヒロナリは戸惑っているみたいだ。
そうだね。ヨウコさんを相手にして、嫌味を続けられる人なんて、めったにいないだろう。
「私ではわからないの、ごめんなさいね。今は息子たちが仕事で家を空けていて」
「でしたら、お金は後からお送りしても…」
「勝手なことをすると、叱られてしまうわ。帰ってきたときに弟さんがいなかったら、息子たちも驚くでしょうし」
「葛さん」
「あなたもご心配だったのでしょうけど、細かいお話は息子たちが帰ってきてから、直接息子たちとしてちょうだい。今日中に帰ってくる予定なのよ」
そう言うと、ヨウコさんは穏やかな表情のまま立ち上がった。