長崎行きの話を聞いたとき、自分たちの旅行を便乗しようと持ちかけたのは、不安定な千歳を落ち着かせたかったのも理由だった。だが本当の所は、もう一度長崎の街で、千歳を撮りたかったんだ。
フィルムケースの蓋を閉じ、苦笑いを浮かべた。ケースの中には、仕事でもめったに撮らない量のフィルムが、整然と並んでいる。
それにしたって、ちょっと撮り過ぎだったな。仕事はデジタルだ。ここに並んでいるフィルムは、全て千歳を撮ったもの。
……まったく、自分自身に呆れるよ。
俺がそんなことを考えながら、タバコを灰皿に押し付けた時。放り出していた携帯が、着信を知らせて青い光を灯した。
「蓮さん、アンタ今どこ?」
電話をかけてきたのは、いとこの伶志(レイシ)だった。
珍しいな。普段から口数の多い伶志だが、俺が取材に出ているとき、連絡を寄越すことなどめったにない。
「どこって…」
千歳が起きていないか確かめ、俺はホテルの窓から外の景色に目をやる。
整然とした古い町に、印象的な形のタワーが影を作っていた。
「どうせアンタ達のことだから、もう長崎を出てるんじゃないかと思って。明日って千歳さん、出勤でしょ?間に合うとこまで、帰ってきてんじゃないの」
「察しがいいな」
「で?」
「京都だ」
俺と千歳は今日の午前中に、長崎を発っていた。理由は伶志の言うとおり、明日朝イチの新幹線で千歳を出社させるためだ。
俺の言葉を聞いた伶志は、そばにいる様子の雷馳(ライチ)に、何かを伝えている。
「OK。京都ね…ちょっと待ってて」
「なんだ?」
「うん、いま雷馳が調べてるから。…そうだね、それがいいかも。蓮さん、じゃあさ。今から何とかして高速バス乗ってよ」
「…なに?」
「京都駅発のがあるから。こっちからバス会社に連絡しとく。車は羽田?」
「ああ…まあな」
「ん。早朝には横浜に着くから、そっから羽田移動して、車拾って蓮さんだけでも、なんとか早めに帰ってきてよ」
何を言ってるんだこいつは……。
俺たちはすでに、始発の新幹線に席を押さえている。それで帰ったとしても、午前中には南国荘に着くはずだ。
わざとらしく溜め息を吐いた俺は、むっとして声を低くした。
「わかるように言え」
「まあまあ、怒らないでって。少しでも早く帰ってきてもらった方が、いいんじゃないかと思ってさ」
曖昧な伶志の言葉に眉を寄せる。
早く帰って来いなんて、今まで一度も言われたことのない要請だ。
「何かあったのか?」
「まあ…実際の所は、よくわかんないんだけどね。あったみたいだよ」
「伶」
「ホント、詳しいことはわかんないんだ。ボクたちいつも通り部屋に篭ってたから」
「………」
「だから、直接は会ってないんだけど。どうも二宮くんのお兄さんって人が来て、泊まってるみたいなんだよ」
「二宮の兄貴?」