泣きながら頷いた虎臣の顔を覗きこむ。充血している目はともかく、手を上げられたと聞いていたが、どこにもケガをした様子はない。ほっとした俺は、虎臣の顔を見て思わず苦笑いを浮かべた。
男前が台無しだぞ、お前。バレンタインにチョコレートを押し付けた子達が見たら、幻滅だな。
「ちょっと待ってろ」
一度車を降り、後部座席の荷物からタオルを取り出して、虎臣に放ってやる。そのまま俺は、コンビニへ歩いて行った。
買い物を済ませ、携帯のアドレスを開く。登録しておいて良かった。
「2年3組の東(アズマ)虎臣の家の者ですが、担任の先生はおられますか?…お願いします…先生お久しぶりです葛です」
運転席のドアを開け、中に乗り込んで虎臣にカフェオレの缶を渡してやる。真冬に平気でコーラを飲むお前でも、こういう時はあったかいもんの方がいいだろ。
「ええ、はい…はい、お世話になってます。その虎臣なんですがどうやら少し、熱があるようで」
勝手にでっちあげている言葉を聞いて、虎臣が驚いている。唇に指をあて、黙っていろと促した。
「はい。本来なら父親から連絡すべきなんですが、すでに出社しておりまして…はい?はい、そうですね。ええ、お願いします」
虎臣の担任には、俺も世話になった。あの頃から変わらず、話の早い人だ。
話をつけて携帯を切った俺に、虎臣が掠れた声で呟いた。
「休んで、いいの?」
「なに言ってんだ、そんな状態で」
「…珍しいね。学校とか遅刻とか、いつもは蓮さん、厳しいのに」
「時と場合による」
もちろん、ガキの仕事は学校へ行くことだと思ってるさ。だからといって、そんな状態のお前を放っておくほど、俺は鬼じゃねえよ。
カフェオレの缶を手に、ほっと息を吐いた虎臣の髪を撫でてやる。いつもは子供扱いするなと怒るくせに、虎臣はおとなしく俺の手を受け入れていた。
「虎臣、何があったか聞かせてくれ」
「…うん。昨日ね、二宮さんのお兄さんが来たんだ…」
ぽつぽつ話しだした虎臣によると、昨日なんの予告もなく、二宮の兄貴が南国荘を訪れたらしい。
当初は虎臣も、好意的に話をしていたようだ。その際、俺たちのいない状況を考えて、虎臣が南国荘へ泊まるよう提案した。それがそもそもの間違いだったのだと、虎臣は後悔を口にする。
「オレがあんなこと、言ったから…」
「違う」
「だって!」
「お前の判断は間違っちゃいない。何事もなければ、どうして泊まってもらわなかったんだと、千歳に言われたはずだ。そうだろ」
「…うん」
「それで?二宮の兄貴が、どうしたんだ」
話を促すと、まだ後悔の消えきらない表情で、虎臣は昨日の状況を語る。
二宮は久しぶりに会えた兄の姿を見ても、少しも嬉しそうな顔をしなかった。それを不思議に感じていた虎臣は、ようやく二宮が兄貴に怯えているのだと気づいたのだと。