「卑怯だよ!」
「っ…な、何が」
「だってそうじゃん!お母さんのこと持ち出されたら、反論できないだろ?!」
虎臣は握った手を強く引き寄せる。庇うようにして、自分の後ろへ二宮を引っ張った。
「自分の言うこと聞かなかったら、お母さんがって言うわけ?そんなの、卑怯だよ」
「君の意見することじゃない、蒼紀は…」
「あんたが意見することでもないだろ!蒼紀のことは蒼紀が決める!」
「子供は黙ってろ!」
「黙ってたらあんた、好き勝手に蒼紀の気持ち決めちゃうじゃん!」
怒鳴った虎臣は、はあはあと荒い息を吐いて。少し横を向くと、握っている二宮の手を、強く自分の胸に押し付けた。
「…誰だってお母さんが苦しむの、見たくないに決まってる。自分が我慢してお母さんが苦しまないってわかったら、誰だってそうする。でもそれを利用するのは、卑怯だよ」
「何も知らないくせに…偉そうに」
「オレは二宮さんがお母さんを大事にしてること、知ってるよ。…昨日、二宮さんがどんなに泣いてたかも知ってる」
「っ…!」
「二宮さんは、何にも決められないんじゃない。アンタが決めさせないんだ。二宮さんが反論しようとしたら、お母さんが泣いてるとか、どうせ何も出来ないとか言って。そんなの関係ないじゃん。二宮さんがどうしたいかは、二宮さんにしかわからないだろ」
「虎臣くん…」
目を見開いて二人の問答を聞いていた二宮が、唇を噛みしめて。とうとう顔を上げ、まっすぐに浩成を見つめた。
「…ぼくは、帰らない」
「蒼紀!」
「もう、嫌なんです。あなたのそばになんかいたくない!」
「お前、何を言って…」
「お母さんがどんなに心配していたって、あなたのいる家には帰らない!」
「………」
「嫌なんです!兄さんと一緒にいたら、ぼくはどんどん自分が嫌いになる…!」
おそらく浩成は、こんな風に二宮から反発されたことがないんだろう。声が出せないほど驚いて、二宮の顔を凝視していた。
凍ったように静まり返る。しばらく黙っていた俺は、にやりと口元を吊り上げた。
「あんたの負けだ」
「!…葛さんまで、何を…」
「聞いただろ、弟の台詞を。あいつはもう、あんたが何を言ってもここから動かない。それでも引きずって帰るというなら、ここにいる全員を敵に回す覚悟をするんだな」
「………」
咲良と、俺と、虎臣と。
三人殴り飛ばしてでも二宮を連れて出る覚悟が、あんたにあるのか?
「まあ確かに、大事な息子が東京へ出て行ったまま、なんの音沙汰もないんだ。お袋さんは心配してるだろうな」
「そうです、だから俺は…」
「二宮」
俺は何かを言いかける浩成を無視し、虎臣のそばで震えている二宮に、声をかけた。
「落ち着いたら、お前が自分で、お袋さんに電話を掛けろ」
「蓮さん…」