「ここの連絡先を伝えて、元気にしているから心配しなくていいと、自分で言うんだ。いいな?」
「っ…はい!」
大きく頷いた二宮は、ほっとした顔で虎臣を見つめている。本当に頼りにされてるんだな、あいつ。虎臣の方も、ようやく柔らかい笑みを浮かべて、二宮を見ていた。
「ちょっと待ってください。俺は本当に両親から言われて、ここにいるんです。必ず蒼紀を連れて帰るようにと…」
「帰さない」
きっぱり言い放った虎臣は、二宮の前に立って浩成を睨みつけていた。その気迫に押されて、浩成が息を呑む。
「あんたなんかに、蒼紀のこと渡さない」
「君は…」
「もう絶対、あんたに蒼紀のこと傷つけさせないから」
返す言葉を見つけられない浩成を見て、つい笑がこみ上げてしまう。
お前の勝ちだ、虎臣。
苦笑いを浮かべて咲良を見上げたら、咲良も同じような表情で俺を見下ろし、肩を竦めていた。
「決まりだな。虎臣、もういい。二宮を連れて行け」
「蓮さん、オレ」
「よく言った。後は任せろ」
「…うん!行こう、二宮さんっ」
嬉しそうに笑った虎臣が、二宮の手を引いて駆け出していく。腫れて真っ赤な目をしているが、なかなか男の顔をするようになったな。
当然か。自分の好きな奴を守れるようになれば、一人前だ。
「…アオキ、ウレシソウな顔シテタネ」
「そうだな」
「ネ?言ったデショ、ヒロナリ。アオキはヒロナリのことキライだって」
お前、そんなこと言ったのか?
よくもまあそんな、ストレートなこと言えるよ。
呆れる俺を見下ろして、咲良はにっと笑っている。怖いやつ。
「さて…どうする?」
浩成はしばらく、俺と咲良に背を向けて、二宮の去っていった方を見つめていた。その顔に、どんな表情が浮かんでいたのかは伺えないが。
ようやく振り返ったかと思ったら、俺に向かって深々と頭を下げた。
「…蒼紀のこと、よろしくお願いします」
「それでいいんだな?」
「はい…」
憔悴した表情。大切なものは、失って初めて、その価値に気づくもんだ。
「わかった。二宮のことは当分、うちで預からせてもらう」
「…ありがとうございます」
「今後何かあったら俺に連絡してくれ。俺の方も後で二宮から、実家の連絡先を聞いておく」
名刺を差し出すと、浩成はそれを受け取って、もう一度深く頭を下げた。
黙って荷物を手にし、玄関へ向かって歩き出す。哀れなくらい肩を落とした後ろ姿。
彼の中でも何かが変わっただろうか。それは俺の知ることではないが。
いつか二宮が実家に足を向けるとき、浩成との兄弟関係が、少しでも変わっていれば。二宮も少しは救われるだろう。血が繋がっていなくても、彼らは家族なんだ。
しかし今、俺が何を言うことでもない。ただ黙って、去っていく浩成を見送る。