虎臣くんは昨日、ぼくが何をされたか、知ってるよね。
あったかいお風呂に入れてくれて、情けなく吐いていたぼくの背中、ずっとさすっていてくれた。
たくさん泣かせたのに、一晩中そばにいてくれたんだ。
大事な人に優しくするのは当たり前だよって、咲良さんが言ってた。
ぼくはこんなにも大事にされてる。
もう自分では何も出来ないからなんて、つまらない言い訳を繰り返し、俯いてばかりいちゃいけない。
待っているだけじゃダメだ。
誰もぼくに気づいてくれないなんて、泣いていても何も変わらない。
虎臣くんは、ぼくに気づいてくれた。
彼のそばにいたいと思うなら、今度はぼくが自分で、足を踏み出さなきゃいけないんだ。
顔を上げる。
兄さんの顔を見るのは、まだ怖いけど。
大丈夫。ぼくの手を、虎臣くんが握っていてくれるんだから。
「…ぼくは、帰らない」
「蒼紀!」
叱責する兄の声。でもぼくは、もう逃げない。
自分から虎臣くんの手を強く握る。
弱くてごめんね。頼ってばかりでごめんなさい。
でも、力を貸して。
頑張るから、ぼくを守って。
「もう、嫌なんです。あなたのそばになんかいたくない!」
「お前、何を言って…」
「お母さんがどんなに心配していたって、あなたのいる家には帰らない!」
「………」
「嫌なんです!兄さんと一緒にいたら、ぼくはどんどん自分が嫌いになる…!」
初めて自分の気持ち、兄さんに言えた。
怖くて仕方ない。身体が震えてくる。
でも縋りつくように繋いでいる虎臣くんの手は、けしてぼくを離さないでいてくれる。
驚いた顔をした兄さんは、何も言わず唇を震わせていた。
凍ったように静まり返たリビング。
ふうっと息を吐きだして、「あんたの負けだ」と呟いた蓮さんは、ちょっと嬉しそうな顔をしていた。
「!…葛さんまで、何を…」
「聞いただろ、弟の台詞を。あいつはもう、あんたが何を言ってもここから動かない。それでも引きずって帰るというなら、ここにいる全員を敵に回す覚悟をするんだな」
「………」
反論できないでいる兄さんを、蓮さんが静かに見つめてる。蓮さんが本当は優しい人なんだって、ちゃんと知っているぼくでも、怖いと思ってしまうような表情だ。
みんながぼくを、守ろうとしてくれてる。
自分が動けば、世界は変わるんだ。
「まあ確かに、大事な息子が東京へ出て行ったまま、なんの音沙汰もないんだ。お袋さんは心配してるだろうな」
「そうです、だから俺は…」
「二宮」
呼ばれたぼくは蓮さんを見つめ返した。
目を見れば、何も怖くない。この人は南国荘をずっと守ってきた人。今はそこに、ぼくも入れてもらってる。
「落ち着いたら、お前が自分で、お袋さんに電話を掛けろ」
「蓮さん…」
「ここの連絡先を伝えて、元気にしているから心配しなくていいと、自分で言うんだ」