【南国荘U-N】 P:06


 ふいに思い出す。
 母が再婚するずっと前、ぼくが料理を始めたのは、お母さんに喜んで欲しかったから。
 残業が続いていて、疲れ果てて帰ってくるお母さんに、何かしてあげたくて。
 最初に作ったの、確か玉子焼きじゃなかったかな。
 すごく驚いて、喜んで。まだ口をつける前なのに「きっと美味しいわね」って言って。ぼくを抱きしめてくれた。

 蓮さんも榕子(ヨウコ)さんのために料理をする。ぼくなんかよりずっと上手いけど、きっかけはぼくと同じように、お母さんだった。
 この人は誰より、ぼくの母に対する気持ちを、わかっているのかもしれない。

 蒼紀はお母さんの宝物よって、小さい頃はよく言ってくれた。
 お母さんもぼくの宝物だよって、ぼくも同じように言っていた。
 確かに成長しても出来ることの少ないぼくは、母に負担をかけていたかもしれない。それでもきっと、兄さんとぼくのことを知ったら、お母さんは泣いてくれる。

 忘れちゃいけなかった。
 母がぼくに与えてくれていた愛情を、疑ってはいけなかったんだ。

「いいな?」
「っ…はい!」

 蓮さんに聞かれ、ぼくは大きく頷いた。
 お母さんの声が聞きたい。きっと心配してくれてる。
 兄さんとのことを話すつもりは、一生ないけど。それでも、ぼくは元気にしてるよって。連絡してあげたい。

 ぼくの変化に驚いたのは、兄さんだった。焦りを浮かべた顔で、蓮さんを振り返り、反論しようとする。

「ちょっと待ってください。俺は本当に両親から言われて、ここにいるんです。必ず蒼紀を連れて帰るようにと…」
「帰さない」

 なんとかぼくを連れ帰ろうとする兄さんに、きっぱりした声で言い放ってくれたのは虎臣くんだった。
 ぼくの前に立って、兄さんを睨みつけている。繋いだ手を、強く握ってくれていた。

「あんたなんかに、蒼紀のこと渡さない」
「君は…」
「もう絶対、あんたに蒼紀のこと傷つけさせないから」

 虎臣くんの言葉に、どきっと胸が震えた。
 どうしよう……すごい、嬉しい。どうしよう、泣きそうだ。
 全身でぼくを守ってくれる。嬉しいのに泣きそう。
 嬉しいよ、嬉しいからこそ。
 虎臣くんがいなくなったら耐えられない。誰も彼の代わりになんかならない。こんな気持ちになるなんて。
 思わずぎゅうっと虎臣くんの手に縋りついたら、はっとした顔で彼はぼくを振り返ってくれた。

「決まりだな。虎臣、もういい。二宮を連れて行け」
「蓮さん、オレ」

 虎臣くんと一緒に顔を上げる。蓮さんと咲良さんが、満足そうにこっちを見て笑っていた。

「よく言った。後は任せろ」
「…うん!行こう、二宮さんっ」

 虎臣くんも嬉しそうに笑って、ぼくの手を引き二階へ駆け上がっていく。
 何も言わず、そのまま虎臣くんの部屋に連れて行かれる。