ふいに思い出す。
母が再婚するずっと前、ぼくが料理を始めたのは、お母さんに喜んで欲しかったから。
残業が続いていて、疲れ果てて帰ってくるお母さんに、何かしてあげたくて。
最初に作ったの、確か玉子焼きじゃなかったかな。
すごく驚いて、喜んで。まだ口をつける前なのに「きっと美味しいわね」って言って。ぼくを抱きしめてくれた。
蓮さんも榕子(ヨウコ)さんのために料理をする。ぼくなんかよりずっと上手いけど、きっかけはぼくと同じように、お母さんだった。
この人は誰より、ぼくの母に対する気持ちを、わかっているのかもしれない。
蒼紀はお母さんの宝物よって、小さい頃はよく言ってくれた。
お母さんもぼくの宝物だよって、ぼくも同じように言っていた。
確かに成長しても出来ることの少ないぼくは、母に負担をかけていたかもしれない。それでもきっと、兄さんとぼくのことを知ったら、お母さんは泣いてくれる。
忘れちゃいけなかった。
母がぼくに与えてくれていた愛情を、疑ってはいけなかったんだ。
「いいな?」
「っ…はい!」
蓮さんに聞かれ、ぼくは大きく頷いた。
お母さんの声が聞きたい。きっと心配してくれてる。
兄さんとのことを話すつもりは、一生ないけど。それでも、ぼくは元気にしてるよって。連絡してあげたい。
ぼくの変化に驚いたのは、兄さんだった。焦りを浮かべた顔で、蓮さんを振り返り、反論しようとする。
「ちょっと待ってください。俺は本当に両親から言われて、ここにいるんです。必ず蒼紀を連れて帰るようにと…」
「帰さない」
なんとかぼくを連れ帰ろうとする兄さんに、きっぱりした声で言い放ってくれたのは虎臣くんだった。
ぼくの前に立って、兄さんを睨みつけている。繋いだ手を、強く握ってくれていた。
「あんたなんかに、蒼紀のこと渡さない」
「君は…」
「もう絶対、あんたに蒼紀のこと傷つけさせないから」
虎臣くんの言葉に、どきっと胸が震えた。
どうしよう……すごい、嬉しい。どうしよう、泣きそうだ。
全身でぼくを守ってくれる。嬉しいのに泣きそう。
嬉しいよ、嬉しいからこそ。
虎臣くんがいなくなったら耐えられない。誰も彼の代わりになんかならない。こんな気持ちになるなんて。
思わずぎゅうっと虎臣くんの手に縋りついたら、はっとした顔で彼はぼくを振り返ってくれた。
「決まりだな。虎臣、もういい。二宮を連れて行け」
「蓮さん、オレ」
虎臣くんと一緒に顔を上げる。蓮さんと咲良さんが、満足そうにこっちを見て笑っていた。
「よく言った。後は任せろ」
「…うん!行こう、二宮さんっ」
虎臣くんも嬉しそうに笑って、ぼくの手を引き二階へ駆け上がっていく。
何も言わず、そのまま虎臣くんの部屋に連れて行かれる。