嫌だよ……二宮さん、なんて。もう他人行儀に呼ばないでほしい。
ぼくは躊躇いながら手を伸ばし、虎臣くんの制服の袖を握った。
「…あの、嬉しかったから…」
「え…」
「蒼紀でいい…その方が、嬉しい」
頬が熱い。どんどん顔が熱くなってくる。
虎臣くんどんな顔で、ぼくの言葉聞いてるんだろう。
ずっと下を向いていたかったけど、知りたい気持ちの方が勝ってしまって、恐る恐る顔を上げた。そしたら虎臣くん、嬉しそうに笑ってた。
「じゃあ…蒼紀さん?蒼紀?」
「…蒼紀」
「ん、わかった」
ぼくが握っていない方の手を伸ばし、虎臣くんが頬を撫でてくれる。あったかい指先が優しくぼくの顔をたどっていた。
「蒼紀」
「…うん」
「ね、蒼紀。こうしてオレに触られるの、イヤじゃない?」
「うん。イヤじゃない」
「そう…良かった」
何度かぼくの頬を撫でて、くすぐるみたいに耳に触れた虎臣くんは、切ない表情でぼくを見つめてる。
「昨日のこと、余計なこと言ったり、助けるのが遅くなったり。本当にごめんなさい」
「…もう、謝らないで」
「蒼紀…」
「お願いだから、そんな顔しないで…」
君が謝るたび、ぼくは胸が痛くなるんだ。
じっと目を見つめて伝えると、虎臣くんは少し困った顔をして。それから小さく「わかった」と呟いた。
「蒼紀がそう言うなら、もう謝らない」
「うん」
「だから、ね。代わりに蒼紀、もっとオレに甘えて?」
言われた言葉が、ぼくには上手く理解できなかった。……何が、代わり?
困惑しているぼくを見て、虎臣くんはくすっと笑う。
「あのね、蓮さんが言ってたんだ。甘えるのは、自分が相手に大事にされてるって、信じてる証拠なんだって。…オレあの人にはけっこう、甘えちゃってるから…許してくれてる蓮さんは、オレが大事なの?って聞いたんだ。そしたら蓮さん、そうだって。平然と言うんだよ」
「虎臣くん…」
「昨日のことは、もう謝らない。オレが謝っても、蒼紀は楽にならないんだよね?…だから、その代わり」
「…あ…」
「オレ、もっと蒼紀に甘えて欲しい。オレはまだガキだし、頼りないって思うかもしれないけど…オレに、甘えてよ。意味わかる?」
……虎臣くんは、ぼくが大事だから?
かあっと顔が赤くなったの、自分でもわかった。熱くなってしまう頬を、虎臣くんの手が撫でてくれる。
すごく恥ずかしかったけど、嬉しくてどうにかなりそうで、下を向く余裕がなかった。
上目遣いに虎臣くんを見つめる。本当にぼくなんかが、甘えてもいいの?
でも彼はとても落ち着いた色の瞳に、ぼくを映している。笑みに綻んだ唇から、甘い声が零れた。
「なんでもしてあげるよ」
「虎臣くん…」
「甘えるの、イヤ?」
慌てて首を振ると、虎臣くんは可笑しそうに目を細めて。ぼくの前髪をかき上げる。