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躊躇うぼくが口を開くまで、虎臣くんは何一つ急かさずに、待っていてくれた。
だからぼくは、落ち着いて思い出す。辛いばかりの、昔のこと。
「…お母さんが再婚するって聞いたとき、本当はすごく不安だったんだ…」
子供の頃から、人と同じペースで物事を進めるのが苦手だった。成績も良くなかったし、友達も少なかった。
学校という共同生活の中、いつも逃げ出したいと思ってたんだ。自分だけが何も出来なくて、でも学校では「みんな一緒」を強要されてしまう。
学校が終わったら、ぼくは毎日まっすぐ家に帰っていた。ぼくにとって母しかいない家の中が、唯一ゆっくり息の出来る場所だったから。
そこへ降って湧いた、母の再婚話。
会って欲しい人がいると言われるまで、鈍いぼくは母に恋人がいることさえ、気付けなかった。
「だけどお母さんがそれで幸せになるなら、ワガママ言っちゃいけないと思って」
「うん」
「初めて会ったお父さんと兄さんは、すごく優しかった」
母にも、ぼくにも。二人は穏やかに、優しく接してくれた。
何より父の隣で笑う母は、本当に幸せそうだった。そのときは心から良かったって、思えたんだよ。
「お父さんも兄さんも、すごく優秀な人で。お母さんも仕事の出来る人だったから、ぼくだけ全然違って、みんなの中にいるのが苦しかったけど。でも邪魔にならないようにしてさえいればいいのかなって、そう思ってた」
「蒼紀…」
「転校したから、元々少なかった友達もいなくなって。ぼくは家にいるばっかりで。…兄さんが部屋のものを投げてるの見つけたのは、ほんの偶然だったんだ」
「自分の部屋のもの?」
「うん…本とか服とか、色々。手当たりしだいって感じで」
「そっか」
「びっくりした。いつも落ち着いてる人だったから」
あの時は本当に驚いた。ガラスの割れる音を聞いて、兄さんの部屋へ行って。ノックもせずにドアを開けてしまった。
乱雑に散らかった部屋。
息を荒くしてる兄。
目の前のことが信じられなくて、ぼくは身動きできなかった。
「誰にも言うなって、言われた」
「………」
「兄さんの怒った顔が、すごく怖かった」
「そうだね。さっきオレも、ちょっとびびった」
虎臣くんが苦笑いを浮かべてる。
蓮さんや虎臣くんほどじゃないけど、兄さんはそれなりに整った顔だから、怒った顔が余計に怖かったんだ。
「絶対に誰にも言うなって…お父さんにも黙ってろって。ぼくは誰にも言わないって言ったんだけど…信じてくれなくて」
「蒼紀…」
「それから兄さんは、部屋の物を投げない代わりに、ぼくにあたるようになったんだ…」
兄さんの行動は、とても巧妙だった。
人目に触れるところには、絶対に暴力を与えない。
殴られるのは、必ず服で隠れるところ。