「…イヤだって、言わなかったんだね…」
「うん…。そんなことを言ったら、家から追い出されちゃう気がして…」
「そっか…辛かったよね」
頷いた虎臣くんは、その時のぼくを慰めるみたいに、頭を撫でてくれた。
あの時本当は、お母さんにして欲しかったこと。今の虎臣くんがしてくれる。
触れる手があったかくて、涙が溢れてくるのを止められない。
「お母さん、様子のおかしいぼくに、一度だ気付いてくれて…ぼくその時、言おうと思ったんだけど…っ」
「うん」
「でも言えなくて、お母さんがお父さんには知られたくないって、言うし」
「蒼紀」
「家族が壊れちゃう気が、して…っ…ぼくが我慢してたらいいんだって、そう思って、だから」
「一人で我慢したの?」
「…っふ、だって、誰も…っ」
「うん」
誰も助けてはくれなかった。虎臣くんみたいに、誰もぼくが泣いているのに気付かなかった。
涙を拭ってくれる指先から伝わってくる、優しい気持ち。悲しいことばっかり聞かせてごめんね。
でも、ここにいて。
ぼくを一人にしてしまわないで。
「ずっと、我慢して…そしたら兄さん、急にぼくのこと…っ」
「………」
「お前が誘ったって、何度も言うんだ。お前のせいだって…でもぼく、そんなこと言ってないっ」
「蒼紀…」
「どうして?ぼくは何も言わなかった!母さんに知られてもいいのかって、兄さんが言うからっ、兄さんの気が済むまで、ちゃんと我慢してたのに、なのに…っ」
虎臣くんが手を引っ張った。
よろめいたぼくを受けとめて、ぎゅって抱いていてくれる。
「兄さんに彼女が出来ても…っ、ずっと変わらなくてっ…終わりがないんだって気付いて、怖くなって、ぼく…!」
「それで東京に来たんだね」
「ぅ、っふ…ぁ…」
「…泣き止めなんて言わないから、たくさん泣いて…」
「ぁ、あ…ぅぁ…っ」
抱きしめていてくれる腕に縋りつき、虎臣くんの肩に顔を押し付けて、ぼくはもうそれ以上、何も言えずに泣き続けた。
肩を抱いてくれるあったかい手とか、頭を撫でてくれる柔らかい仕草とか。伝わってくる虎臣くんの鼓動。
どんなに自分が飢えていたのか、初めてわかる。
きっと人間って、誰かに触れていなきゃ、生きていけないんだ。親でも友達でも、誰でもいいから。
兄さんが怖いあまり、他の誰の手も怖くなって、一人になることばかり考えていたぼくは、やはりどこかおかしくなっていたのかもしれない。
だって閉じ込めていた気持ちが、どんどん溢れて止まらないのに、それは虎臣くんの手を感じるたび、きれいに整理されていく。
怖いと思ったぼくは、間違ってない。兄さんのしたことは、やっぱり酷いことだった。
お母さんに助けて欲しかったのも、それが叶わなくて逃げ出したのも、きっと当然のこと。