【南国荘U-O】 P:05


 気が焦る。めちゃくちゃ焦る。
 全然そんなつもりなくて、自分でしたことにも気付いてなくて。だけど驚いてるのと同じくらい、ドキドキしてて。
 とにかく離れなきゃって思うのに、身体が固まってしまって動いてくれない。

「あの、えっと」
「虎臣くん?」
「ごめん、マジあの…ごめんなさい」
「…ううん」
「ほんと、悪いと思ってるんだけど…」
「そんな…え?」
「ごめん、逃げて」

 情けないにもほどがある。自分で抱きしめといて、逃げて欲しいなんて。
 だけど、どうしても蒼紀を離せなくて、自分のしたことに混乱してて、動けないんだ。

「イヤ、だよね?」
「………」
「オレあの…えっと、蒼紀が自分で逃げてくれると、嬉しいんだけど…」

 顔が熱い。バカだオレ、こんな時まで何も出来ないなんて。
 拘束を解かないオレの腕。蒼紀が自分で逃げてくれたら、追いかけたりしないから。だから逃げてって言ったんだけど。
 オレの顔を見ていた蒼紀は、ちょっと目を伏せて。恥ずかしそうに首を振った。

「…え?」
「いやじゃ…ないよ」
「本気?」
「うん」
「絶対?」
「うん、絶対」

 くすって笑われてしまった。
 顔を上げた蒼紀は、確かに笑ってて。いやじゃないって、もう一度繰り替えす。
 そんなオレを甘やかすようなこと、言わないでよ。止まらなくなるじゃん。

「あのさ…」
「なに?」
「じゃあその、もう一回しても、いい?」
「………」
「ご、ごめん!調子乗った!!」

 自分の愚かさに気付いて、慌てて謝る。
 オレは昨日、蒼紀がされた酷いことを、ちゃんとわかっていないんだろうか。
 けして忘れたわけじゃないのに、自分までこんなことして。浩成のこと責められないじゃん。
 蒼紀は昨日、あんなに泣いてたのに。その傷は全然癒えていないはずなのに。
 一晩中そばで、蒼紀の泣き声を聞いていたオレが、また蒼紀を傷つけるようなことするなんて。
 ようやくアタマが冷えていく。すごい自己嫌悪で、泣きたくなる。
 ぎくしゃくと手を離し、蒼紀を解放した。
 だけど今度は、動揺してるオレの手を、蒼紀の方が掴んだんだ。

「…いいよ」
「え、ええっ?!いいのっ」

 咄嗟に声が大きくなってしまった。
 蒼紀の顔が、かあって真っ赤になっていく。たぶんオレも同じくらい、赤くなってると思う。
 蒼紀はオレを見上げて、ちょっとだけ唇を開いた。
 赤い舌が覗いてる。そんなの見せられたらもう、止まるはずなくて。さっきまでの反省も後悔も、吹き飛んで。
 恐る恐る唇を触れ合わせた。
 震えてるよ、蒼紀。
 でも逃げようとはしなんだ。
 ……怖くない?大丈夫?

「もう一回、いい?」
「…うん」