もう一度「ごめん」と謝っているのを聞きながら、ボクは溜め息を吐いてキッチンを出た。
「言っとくけど、オレは蒼紀が、オレ以外の人とくっついてるなんて、絶対イヤだからね?全力で阻止するし、本気で嫉妬するよ」
「…うん」
「ほら手伝うから。みんなのお昼ご飯、作ろうよ。何したらいい?」
二人の会話を背中に聞きながら、ボクはリビングで大きなガラス扉のそばにしゃがみこんだ。
今日は春の陽気を思わせる良い天気。
庭に続くテラスへのガラス扉を全開にしてる。通り抜ける風、気持ちいいね。
でもついつい、本日何度目かの溜め息がこぼれてしまった。
本当にトラオミは……ボクをダシにして。ああいうイタズラに人の心を弄ぶところも可愛いと思うけど、見ている方はやってられない。
「あ〜あ…ボクもレンアイしたいナ」
レンに失恋して、トラオミの恋を応援することになってしまって。みんなが幸せなのは嬉しいけど、ボクだって幸せになりたいよ。
むうっと拗ねた顔で庭のグリーンを見つめていると、ふいに声を掛けられた。
「節操なく誰でも口説いて回るからでしょ。自業自得」
はっと顔を上げる。
鬱蒼とした緑の中から、きれいな人が現れた。
「おはなやさん!」
「相変わらずの発音だね、君」
「キミ…じゃナカッタ。おはなやさんは、この庭のニュンペーなの?!」
ニュンペー、妖精の事だよ。
彼の現れ方は、まさにそんな感じだったんだ。日本人なのに色が白くて小柄で、絵画から抜け出したかように美しい容姿。何の気配もなくグリーンの影から、ボクを見つけて現れた。
目を見開いているボクを見て、いつもの笑顔が少し不機嫌なものになる。
「誰が精霊だよ。一緒にしないでくれる?」
「ダッテ、ボクがコマッテると、カナラズ現れるデショ」
「僕と会うときの君は、いつも勝手に困ってるんだよ」
彼が言っているのは、一番最初に南国荘を訪れた日のことだ。
道に迷って、人に尋ねようにも話を聞いてもらえず、困り果てていたボクに、彼は声をかけてくれた。
あの時と変わらない笑顔と、辛らつな言葉を聞いて、つい笑みを浮かべてしまう。
ゆっくり立ち上がって置いてあるサンダルを履いたボクは、彼に近づいた。
確かにそばで見ると、妖精という感じはしないね。泥だらけの手袋を片手に掴み、さっきまで何かの作業をしていたのか、タオルで汗を拭ってる。