【南国荘V-3日目】 P:03


【三日目】

・最初は些細な騒動だった。
名古屋から滋賀へ。そこから奈良へと向かう十塚を見つけ、知人のドライバーが声をかけたのだ。
「よう、憲吾。珍しいな、嫁さん同伴か?」
からかいの言葉。いつもなら肩でも竦めてやり過ごすのに、ついカッとなったのは、自分の中でライチという存在が大きくなり始めていると、気付いていたから。
ふざけんな→冗談だろ→言っていいことと悪いことがある→生意気なんだよテメー、ガキのくせに!…と。
元より血の気の多い連中の集まりだ。はやし立てる者や、余計な助言をする奴も集まってきて、結局は大騒動になってしまった。
殴り合いになったところで警備員に咎められ、各々会社に連絡する、と怒鳴られたところで互いに冷静になった。
謝罪をして、なんとか許してもらって、車を出す。

・車内の雰囲気は最悪だった。
ライチは変わらず何も言わないし、イライラした十塚も無言。苛立ち紛れにタバコを取ると、ライチがその手を押さえた。
「なんだよ」
「…だめ。十塚、未成年って、さっき」
確かに喧嘩の最中、相手からそんなことを言われた気がする。チッと舌打ちをした十塚はライチの手を振り払った。
「てめえに関係ないだろ!今さら何言ってんだ!」
「…でも、だめだよ…十塚」
「うるせえよ!」
ついキレてしまった十塚はいきなりトラックを停めると、助手席からライチを引き摺り下ろした。
「もう面倒見切れねえ。勝手にしろ」
「と、つか…?」
ライチに万札を握らせる。ここなら車も通るしタクシーだってそのうち通るはずだ。三十分も歩けば駅もある。
「まっすぐ歩けば駅だ。じゃあな」
「………」
「その金はお前にやるよ。もう顔も見たくねえ」
言い捨てて車に乗り込んだ十塚は、そのまま走り去ってしまう。

・後悔なら、すぐにした。でも、これでいいような気もした。
たった三日で、あんな喧嘩をするほど意識してしまった華奢な身体。これ以上一緒にいたら、冗談では済まなくなる。
勝手なのは自分の方。さすがのライチも時間が経てば腹が立って、十塚を罵倒しながら歩き出すだろう。
そうに違いない…と。何度自分に言い聞かせても、結局その言葉を信じることは出来なかった。

・とにかく取引先へ行って、荷物の積み下ろしと手続きを済ませた。それから十塚は急いで来た道を引き返す。
予定通りに仕事を運ぶというのが、十塚の評判なのに。一体ライチの為に、自分は何度こんなことをするのか。
降ろした国道を探しながら、十塚は車を走らせた。どうにも見つからなかった雷馳は、降りた場所から一歩も動かずに立ち尽くしていた。

・車を近づけ、停める。顔を上げないライチは、さすがに怒っているかもしれない。
車を降りて、歩み寄る。ライチ、と声をかけたら、彼はぼろぼろ泣きながら顔を上げた。
「…めん、なさい…ごめんなさい…」
「お前は何も悪いこと、してねえだろ」
「ど…したら、いいか…わか、らな…」
「ライチ」
「ぼく、なにも…できなくて…みんなに、めいわく…いつも…ごめ…なさい」
「誰が迷惑だって言ったのか知らねえけど、俺はそんなこと思ってねえよ」
「…と、つか…」
「ああ、ごめんな。ほら、おいで」
手を差し出すと、ライチは十塚の腕の中に飛び込んできた。冷えた細い身体に、十塚の後悔が大きくなる。同時に、諦めが広がった。もう自分はとっくにこの、綺麗な生き物に捕まっているのかもしれない。
「悪かったよ、ライチ。もう置いて行ったりしないから。ちゃんと東京まで連れて帰ってやる。最後までお前の面倒は俺が見るから…そんなに泣くな」
ぎゅっと抱きしめたライチが顔を上げる。雰囲気に流されて、つい額に口付けてしまったのだが。ライチは嬉しそうに微笑んだ。