【四日目】
・馴染みの部長さんが目を丸くした。
「ええっ?!ほんまかっ」
この強行軍を組んだのは、彼の会社の社長だった。今まで親しくしてもらっていたつもりなのに、何をして怒らせたのだろうと。十塚はずっと思っていたのだけど。
部長は困った顔で頭を掻いている。
「そら悪かったなあ…堪忍したってや。うちの社長、君のためや思って、全部君に運んでもらうことにしたんやで」
「…どういうことですか?」
聞けば社長は、十塚が金に困っていて、多少の危ない橋なら渡りかねない。と聞いたらしい。全ては本社にいる、コーディネーターが仕組んだことだった。
「悪い仲間がおる言うし、犯罪でもやりかねんて聞いてなあ。この仕事任せたら、しばらく東京離れられる上に、なんぼか実入りもあるやろ?それであの人…全部十塚君にさしたってくれ、言うたんや」
本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げられ、十塚はほっとした顔で首を振った。ちゃんと理由があったのなら、それでいい。自分のしてきたことは、けして無駄ではなかった。
・ようやく気持ちも軽くなって、トラックを走らせる。今日中に島根へ入っておきたい。
しばらく車を走らせていると、助手席で何かをごそごそやっていたライチが、お菓子の箱を取り出した。
「…十塚、食べる?」
「どうしたんだ、それ」
「…貰った」
聞けば待たせている間に、事務所の女性から貰ったらしい。今度行った時に礼をしなければ。しかし名前を聞いても、ライチはわからないと言うのだ。
「参ったな…」
あそこは事務の女性が多い。誰だろうと十塚が悩んでいると、ライチは紙と書くものはないかと尋ねた。
行程の計算に使っているノートを差し出したら、驚くことにライチはその女性の似顔絵を描きだしたのだ。
少しイラストっぽいが、相当な腕前。どういうことか尋ねる十塚にライチは「…仕事、だから」と呟いた。
・ようやくぽつぽつと、ライチは自分のことを話しだす。
漫画家をしていること。その仕事で、パートナーに多大な迷惑をかけたこと。誰にも責められなかったけど、ライチは自分が許せなくて。気がついたら家を飛び出していたのだ。
十塚は最後までライチの話を聞いて、静かに彼の無謀さを咎めた。若い頃からこの業界にいる十塚にとって、どんな理由でも現場放棄などあってはならない。仕事をするには、まず体調管理が出来なければ。
いや、それ以上に。
「自分が大事だと思ってる奴は、大抵自分を大事にしてくれる。お前のパートナーは、仕事なんかよりお前のことを心配してるんじゃないのか?」
厳しい言葉にライチは黙り込み、頷いた。
・十塚は島根に入ってすぐのSAで車を停めると、自分の携帯をライチに差し出した。とにかく連絡させないと。この不器用なライチを、ずっと支えている誰かがいるのだから。
席を外そうとしたら、側にいて欲しいと請われて、結局は一緒にいてやった。
電話の相手は十塚にまで聞こえるような声でライチの名を叫んだ。心配そうな声は、泣いているようにさえ聞こえる。
要領を得ないライチの話に苦笑いを浮かべ、十塚は電話を預かった。ライチと似た声の男は、やっぱり声を震わせていて。すぐに落ち着いた男と代わった。(八嶋さん?蓮?)
互いに事情を知り、十塚はライチを福岡から新幹線に乗せると約束。もう一度電話をライチに戻してから、通話は切れた。
・しかしライチは微妙な顔。どうしたと問えば、十塚は自分をちゃんと送り届ける、そう言ったじゃないかと拗ねている。
「…一緒に、いたい」
「やめろよそういうこと言うの。勘違いするだろ」
「…勘違い?」
「ああ…こういう、勘違い」
ちょっと唇を触れ合わせたら、ライチは真っ赤になって。でも十塚の身体を引き寄せ、離そうとしなかった。