【一週間後】
・咲良視点。
・ボクの住む南国荘には、四人のカズラさんと、二人のアズマさんと、ニノミヤさんにムツウラさんが一人ずつ住んでいる。ムツウラさん、ボクのことだよ。
(…というような、ざっくり南国荘紹介)
・「それにしても、よくやく落ち着いたみたいだね」
話しているのは南国荘にしょっちゅう出入りしているお花屋さん。ボクは今、お花屋さんのお手伝い中。
二週間前、何の連絡もなくライチが姿を消してしまった。みんな心配してたけど、双子のように姿も似てて仲のいいレイシは、そりゃもうパニック状態だった。
どれくらい酷い状態だったかっていうと、あれほど仕事に厳しいレンが、仕事をキャンセルしてレイシについていたくらい、大変だったんだ。
「それで結局、雷馳くんはどこに行ってたって?」
「ん〜…実はよくワカラナイんだヨ。ライチあんまり話してクレナイから。でも大冒険だったミタイ」
「話してないのに、なんでわかるの」
「ワカルヨ。ライチ、生まれ変わったミタイにキラキラしてる」
本当に、何があったというのか。姿を消してから数日後に電話してきたライチは、なんでも島根にいたらしい。島根、イズモタイシャのあるところだね。行ってみたいなあ。
「今度は雷馳くんか」
「ナニが?」
「節操のない君の話」
「またソレ言う…。こんなに一生懸命、アナタを口説いているんだケド」
「寝言は寝てからどうぞ」
「ヒドイよお花屋さん…ずっとお手伝いシテルノニ」
今では南国荘だけじゃなく、時間のある限りお花屋さんのお店も手伝ってるんだよ。でもなかなか、想いは伝わらない。
肩を竦めたお花屋さんは、ちらっと南国荘の玄関ホールに目をやった。
「で?アレは何なの」
ボクも同じ方を見る。
いつもは閉じている玄関扉を大きく開け、傍らにライチがじっと座ってる。その向こうには、誰が持ち出したのかテーブルセットがあって。レイシと、レイシの仕事の担当さんと、レンにチトセにトラオミまで。みんな興味津々の顔でライチを見ていた。
「アレは恋する男と、デバガメのミナサン」
「は?」
「待ってるんダッテ。再会を約束したコイビト」
「雷馳くんが?!」
驚くお花屋さんに、ボクも苦笑いを浮かべるしかなかった。
・帰ってくるなり物凄い勢いで仕事をしていたライチは、今日の再会を約束しているらしい。時間も決めていないし、連絡先もわからないというから、南国荘の住人達はボクも含め、ちょっと不安を抱えている。
でもライチは少しも疑ってないみたい。朝からずっとああして、玄関に座り込んで待ってるんだ。
最初は周囲をうろうろしていたみんなだけど、ついに庭で使うテーブルセットを持ち出して腰を落ち着けてしまった。
「お疲れ様です。お茶入れたんですけど、少しお休みになりませんか?」
アオキが声をかけてくれて、お花屋さんとボクも手を止めた。
言葉少ないライチの話だけでは、ちょっと信じてあげられない。その男は本当に来るのかな?旅先で手に入れた儚い恋。それが本物になるなんて。
お花屋さんとボクが顔を見合わせたとき、一台の車が南国荘の前に停まった。古くて小さな車には不似合いな男が降りてくる。
「十塚!!」
嬉しそうに名前を呼んで、ライチが駆けだした。ぶつかる勢いで腕の中に飛び込んできたライチを、男は優しく抱きとめる。
「ホントに来た…」
呆然とした声はトラオミかな。みんなも立ち上がって、庭へ出てきた。ライチと少し言葉を交わしていた男…トツカは、ぞろぞろ現れた住人達に苦笑いを浮かべ、ライチの肩を抱いてこっちへ歩いてくる。
「さっくんと、お花屋さんと、あーちゃん。トラとちーちゃんと…それから、イトコ。蓮さんと伶志」
絶対にわからないような紹介。でもトツカは落ち着いた表情で頭を下げ「十塚憲吾といいます」って名乗ったんだ。
・ぱたぱた足音が聞こえてきた。南国荘の中から、榕子さんが笑顔で駆けて来る。
「いらっしゃい、十塚君よね?私はここのお母さんで、葛榕子っていうの。よろしくね」
「はじめまして、よろしくお願いします」
「駐車場は裏にあるから、あとで車を移動してね。停める場所は蓮ちゃんに聞いてちょうだい。それから、十塚君のお部屋は二階だから」
「…は?」
「ここでのお食事のこととか、お家賃のこととかは、あーちゃんと蓮ちゃんに聞いてね。南国荘へようこそ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。部屋?家賃??」
「そう。来てくれて嬉しいわ〜。また賑やかになるわね。あ、十塚君はトラックの運転手さんだから、あまり家にいないのかしら?」
「はあ、まあ…いやあの」
「管理人は一応あーちゃん…こちらの二宮蒼紀くんがしてるんだけど。契約とか細かいことは、蓮ちゃんがしてるから」
「榕子さん…ちょっと黙っててくれ」
「なによ蓮ちゃん」
「…もしかして、何も聞いてないのか?荷物も持っていないようだし」
「聞いてないです」
レンは溜め息を吐いて、嬉しそうにトツカの隣で微笑んでいるライチの頭を小突いた。
「…蓮さん?」
「また暴走したんだろ、まったく」
「あはは!君、十塚くんさ。ここに住むって話が勝手に進んでるんだけど、その顔じゃ全然聞いてないんだね」
「…初耳です」
「雷馳にお金貯めてるって話さなかった?たぶん長距離のドライバーしてるんなら、家に帰ってなくて家賃がもったないとか言ったんじゃないかな」
「それは…話しましたけど」
困惑してるトツカは、本当に何もわからずここへ来たらしい。
(そういえば書いてないけど、そういう話をどこかでしたのだと思われる)
「この南国荘は下宿屋を兼ねてるんだ。といっても住んでるのが親族だったり、友人だったり、恋人だったりして、榕子さんの趣味同然っていう破格値なわけ。しかも君みたいに家を空ける事の多い人には好都合な、管理人つき。いい物件でしょ?」
「…まあ、そうですね」
「うん。というわけで、雷馳は君がここに住んでくれたらいいと思って、勝手に話を進めちゃったみたい。もちろん一方的な話だから断ってもいいんだけど…僕としては、断って欲しくないな。君に会いたいからって、また雷馳が仕事投げて行方くらましたら困る」
「…もうしない。ちゃんと仕事、する。十塚に約束した…から」
「それは良かった。だからって言って、仕事終わるたびに十塚君のところへ飛んで行かれたら、それもそれで困るんだよ。雷馳の行動は予測不能だからね。君も一週間で身に染みたんじゃない?」
「確かに」
驚きと困惑を隠せないでいたトツカは、不安そうに見上げているライチを見て、苦笑いを浮かべた。
「…わかりました。とにかく、詳しいお話を聞かせてください」
「十塚…いいの?怒ってない?」
「怒ってねえよ。でも、驚いてる。ちゃんと話さねえと何も伝わらないって。俺、言ったよな?」
「…うん。ごめんなさい」
素直なライチの言葉に、みんな驚いた顔になる。驚かなかったのは榕子さんだけ。
「さあさあ、とにかく入ってちょうだい!ようこそ南国荘へ。きっと十塚君も気に入るわ!」
明るい笑顔で、みんなが屋敷のほうへ歩き出す。トツカに抱きついていたライチは、何かを思いついたようにボクの方へ来た。
「…さっくん」
「え?」
「…十塚のこと、口説いちゃダメだよ」
それだけ言ってライチはまたトツカの元へ戻っていった。
「ちょ…ライチ!キミはボクをなんだと思って…!」
「仕方ないよね、心配しても。今までが今までなんだから」
「お花屋さんっ!」
慌てる僕を見て、みんなが振り返り笑い声を上げた。
以上。
(まだ続きあります)