「もういい。今は無理をして話さなくていいんだ、ウィル。ずっとそばにいる。もう少し元気になったら、いくらでも聞いてやる」
「…ん」
「そうだ、元気になったら、旨い物をたくさん作ってやるぞ。私の料理はちょっとしたものなんだ。…明日お母さんが来たら、お前が好きなものを聞いてもらうから。一緒に食べような」
懸命に話しかけ、額に口付けた。
少年は嬉しそうに微笑んで、また眠りに落ちていった。
王宮の西館は昔から、賢護五石の住居エリアとなっている。二階から上がワンフロアずつ、各賢護石の固有になっているのだ。
一階には共有の場所として、広間や厨房、食堂などがある。
西館に住む者、働いている人々の全てを賄う食糧庫と厨房はかなりの広さだ。もちろん専任のシェフたちもいるのだが、そこの主と言われているのが、西館の料理長ではなく黄の賢護石レフ。
厨房の一角を勝手に使っては、しょちゅう料理をして、誰彼なく振舞うのが彼の趣味。これは黄の賢護石だからではなく、レフ個人の趣味だった。
「久しぶりだな、お前をここで見るのは」
声をかけられてレフが振り返る。顔を覗かせていたのは、赤の賢護石ディノだ。
燃えるような赤い髪。ラスラリエの宰相であり、現在最も古参の賢護石であるディノは、長身の偉丈夫。四十過ぎの容姿はレフの横に並ぶと、親子のようにさえ見える。
同席していた料理人たちが、深く頭を下げてディノのために場所を空けた。たくさんの野菜を煮込んだシチューの鍋を火から下ろして、レフは苦笑いを浮かべる。
「長いこと迷惑をかけてすまないな」
「構わんよ。ウィルトの具合はどうだ?」
「ようやく起き上がって、食事が出来るようになった」
「ああ、それでか」
「旨い物を作ってやると、約束したんでね」
大鍋のシチューをウィルトの分だけ小さな鍋に移し、残りに蓋をする。食器と共に医療棟へ運ぶよう指示を出たレフは、先に侍従たちを送り出し、料理人たちにも席を外すよう伝えた。
二人きりになった広い厨房で、ディノを見上げる。
公務を放り出している自覚はあるのだ。一番しわ寄せを受けているのは、賢護五石の中心であるディノだろう。
古参だからディノが中心なわけではない。代々、自分たちをまとめるのは赤の賢護石の勤めだ。
このところ、ろくに顔も見ていなかったディノを見つめ、レフは躊躇いがちに口を開いた。
「仕事が溜まっているのは、わかっているんだ。申し訳ないとも思っているんだが…」
「気にするな。何とでもなる」
本当に申し訳なさそうな顔で眉を寄せているレフに、ディノは赤い瞳を細ませて、何でもないと笑っている。
「実際のところ、魔力を使うような事態でも起こったら、お前もいなければ話にならん。しかし今はウィルトを優先してやれ。お前が必要になれば呼びに行かせる」
「ああ。そう言ってもらえると助かるよ」
「ただなあ…仕事は何とでもなるんだが。ここでお前の姿を見ない日が続くと、落ち着かんよ」
「ははっ、なんだそれ」
確かに黄の賢護石を探すときは、執務室より西館の厨房を先に探したほうがいいとさえ言われるくらいだけど。