「よしよし、ちゃんと食べられたな」
「だって、すごく美味しかったから」
「じゃあ明日からも、頑張って食べなさい」
私が作るから、と続けてやったら、彼は本当に嬉しそうな顔で笑っていた。
控えの者に食器を片付けさせ、身体を拭いてやる。さっぱりしたウィルトを着替えさせたレフが「もう寝る時間だ」と言うと、彼は珍しく横になるのを嫌がった。
「どうした?」
こんなことは、今までなかったのに。
とくに叱るでもなく、首を傾げているレフの前で、少年は何かを躊躇っていた。
ちらっとレフの顔を見つめ、視線を落として、またレフを見つめて。彼が何がしたいのか、本格的にわからない。
辺りを片付けていたレフは、手を止めて枕元のイスに腰を下ろした。
「本当に、どうしたというんだウィルト」
「あの…聞きたいことが、あって」
「なんだ?」
「うん…あのね」
ようやくウィルトが話を始めようとしたとき、タイミング悪く部屋のドアが鳴った。レフは仕方なくウィルトの肩を叩いて、待っているよう促すと、扉を開けるために立ち上がる。
扉の向こうにいたのは、ウィルトの父、ベルマン医師だ。
「ああ、お前だったのか」
「少しよろしいでしょうか?」
「もちろん」
扉に手を掛けたまま、横に寄って部屋の中へ促した。しかしベルマンは中へ入ろうとせず、緩く首を振っている。
「ベルマン?」
「レフ様に、お話が」
「私に?…なんだ今日に限って、お前まで。親子共々、神妙な顔をして…」
ウィルトといい父親のベルマンといい。しかしレフの言葉に答えず、扉の向こうでベルマンは視線を伏せ、メガネを少し押し上げている。
何事なんだと問いかけようとしていたレフは、ベルマンの後ろに長身の男が立っているのを見つけた。
「リュイス?」
「ああ」
「なんだ、お前まで」
「私も同席する」
「同席って…」
レフは首をかしげた。
二人の深刻な表情を見ても、話の内容がさっぱりわからない。どうやら別室で話そうとしているのはわかるが、それにしても、こんなに歯切れの悪いリュイスを見たのは初めてだ。
らしくない態度に困惑したまま、レフはウィルトを振り返った。
「悪いな、ウィル。お父さんと話があるから、先に寝ていなさい」
「…起きてる」
よほど話したいことがあるのだろうか。これではいくら明日にしろと言っても、納得しそうにない。少し思案して、レフはウィルの元へ戻る。
「わかった。話が終われば戻って来よう。だが遅くなるかもしれないから、とにかく横になりなさい」
「…寝てたら、起してくれる?」
「そうだな…遅くならなかったらな」
頷いたウィルトを寝かせ、布団を掛けてやる。優しく頭を撫でてやったレフは、何か言いたそうな少年の視線に見送られながら、部屋を出ていった。
用意されていたのは、少し離れた談話室。
レフの正面に、ベルマンとリュイスが並んで座っている。
二人の深刻な表情を見れば、話の内容がただ事ではなことぐらい、察しはついていた。
それでも……ベルマンの口からは、レフが想像していたどんなものより最悪で、残酷な言葉が連なっていく。