ベルマンの静かな声だけが積み重なる、小さな部屋。レフの顔はしだいに青ざめ、強張って。とうとう悲鳴のような声を上げた。
「もうやめてくれ!!」
話を止めても、何の解決にもならない。そんなことはわかっている。
しかしウィルトの父である、ベルマンの冷静な声が、どうしても我慢ならない。
もう聞きたくない。
こんな、こんな酷いこと!
「どうしてそんな、冷静でいられる!あの子がいくつか、わかっているのか?!諦められるはずがない!!」
声を荒げるレフに、二人は暗い表情で黙っていた。
レフは両手を握り締め立ち上がって、信じられないと首を振る。
どうしてこんな、ウィルトばかり……!
「何か…何か方法はないのか?リュイス、お前の魔力で助けてやれないのかっ」
「レフ様!」
「お前は緑の賢護石だろう?!唯一お前だけが、治癒能力を持っているんじゃないか!」
「やめて下さいレフ様!!」
気持ちのやり場がなく、激しい言葉でリュイスを責め始めたレフを、ベルマンは声を上げて止めた。
「リュイス様には最大限のことをしていただきました。この方がいらっしゃらなかったら、ウィルトは命を繋ぐことすら出来なかったのです」
「しかし!」
「これはあの子に架せられた運命です。…右足だけで済んだのは、幸いというほかありません」
レフは崩れるように座り込んだ。脳が熱く痺れていく。
信じられないんじゃない。二人がこんな戯言を言うはずがないのはわかっている。
でも、信じられない。……信じたくない。
レフの厳しい言葉を無言で受け止めていたリュイスも、力なくうな垂れ、組んだ両手に頭を押し付けた。
「…役に立てず、すまない」
「リュイス…」
「折れた骨を繋いでやることなら、私の魔力でも出来る。しかしあの子の右膝は、骨が砕けてしまっているんだ。…何度も修復を試みたが、形を戻してやるのが精一杯だった」
レフは唇を噛み締めて顔を上げる。
どうして運命は、ウィルトにばかり残酷な采配を振るのだ。
あの子はただ懸命に、母を助けようとしただけだというのに。
「ウィルトはもう…歩くことさえ、出来ないのか…?」
掠れた声で尋ねたレフに、ベルマンは「わかりません」と首を振った。
「ただ、ウィルトの右膝から下は、二度と動かないでしょう。訓練次第で多少回復するかもしれませんが…走ることは、一生出来ないと思います」
レフはぎゅうっと目を閉じて、自分の髪を握り締めた。
二人の話は、ウィルトの右足のこと。
少年の右足が、二度と自由にはならないという……あまりにも過酷な宣告だった。
崖から落下した際、想像以上の衝撃を受けたのだろう。確かにレフが駆けつけたとき、ウィルトの右足は、おかしな方向に曲がっていた。
粉々に砕けた右膝の骨。
リュイスは自分でも言っていた通り、何度も修復を試みた。しかし同じように粉砕していた大腿部の骨や、数箇所にわたって単純骨折の形跡があった腕と違い、右膝は形を元に戻してやることしか出来なかったのだ。
「どうして、こんな…」
長く、生きてきて。ヒトの命が理不尽に奪われる場面にも、何度となく遭遇しているのに。レフは幼いウィルトの運命を受け入れることが出来ない。