何かを拒絶するように、金色の髪が横に揺れている。
痛ましそうにレフを見つめ、ベルマンは静かに言葉を紡いだ。
「右足だけで、済んだのです」
「ベルマン…」
「もしあの時、レフ様がウィルトを見つけて下さらなかったら。もしこの王宮で、リュイス様の治療を受けられなかったら。あの子の命は失われていたでしょう。…どうか、お二人とも。自分を責めるのはおやめください。あの子は生きている。貴方がたが、あの子を助けてくださったのです」
感謝しています、と。ベルマンは二人の賢護石に、深く頭を下げた。
「ウィルトにも話してまいります」
立ち上がったベルマンを見つめる。
彼は自身が医師だからこそ、息子の運命をまっすぐに見据えていた。
しかしそれでも、父として辛くないはずはない。その証拠に彼の青ざめた顔は、少しも戻っていないのだ。
レフはきゅっと唇を噛み締めた。
「後で、私も行く」
「レフ様」
「あの子に約束したんだ」
話が終わったら戻る、そう約束したから。
ベルマンは僅かに微笑んで「ありがとうございます」と呟いた。
ベルマンが去って、二人だけになった談話室。静まり返った沈黙の長い時間。
リュイスが顔を上げ、ゆっくりと背もたれに寄りかかった。
「アルダは、素晴らしい女性だったな」
「…リュイス?」
急に何の話だと困惑するレフの前で、リュイスは辛そうに眉を寄せ、天井を見上げていた。
「身を挺してヒトを守り、死んだ。彼女は己の使命を全うしたんだ」
「…ああ」
剣を用いる戦いなど、畑違いも甚だしい紫の賢護石。しかしアルダは一人の少年を守って、戦いの中に死んだ。
「私たち賢護石の魔力は、ラスラリエの人々を守るためにある。そのために生き、死んで、また生まれ変わる。…なのにどうだ。唯一緑の賢護石だけが、治癒能力を持つというのに。私のこの魔力では、幼い子供一人、助けてやることが出来ない」
無力さを嘆いて己を責めるリュイスを見つめ、レフは彼がどれほど必死な思いで、ウィルトの治療にあたってくれたのかを思い知った。
何とかならないのか、なんて。自分が叫ぶまでもない。
この男はあらゆる手をつくして、ウィルトを助けようとしてくれたのだ。
「ベルマンも言っていただろう。お前のおかげで、ウィルトは命拾いしたんだ」
「…そうだな」
「私も心から感謝している。何一つ、お前のせいでなどあるはずがない。…さっきは酷いことを言って、すまなかった」
「いや。気にしてないさ」
強くこめかみの辺りを押しているリュイスは、疲れた表情で肩を竦めている。
思えば自分はずっとウィルトに付きっ切りだったが、リュイスも公務を放り出して、治療を優先してくれていた。
「…西館の厨房にシチューがある。それでも食べて、今夜はもう休め」
「西館ってことは、アンタが作ったのか」
「ああ」
「久々だな」
「ディノが先に始めてるぞ」
「おっさんが?…残ってんのか、それ」
リュイスの口元に、彼らしい皮肉げな笑みが浮かんだ。
急げよ、と答えるレフに軽く手を挙げ、緑の賢護石が去っていく。