ゆっくり顔を上げると、ウィルトは微笑みながら掴まれている手を解き、レフの髪を緩く引っ張った。
「きれいな髪」
「………」
「名前、レフっていうの?」
「ああ」
「そっか…。母さんがときどき呼ぶ名前だ」
ウィルトの零した小さな呟きを聞いて、レフは弾かれたように立ち上がった。
まるで怒っているみたいな、怖いくらい真剣な眼差しのレフを、ウィルトは不思議そうに見上げている。
ウィルトはただ、嵐に記憶を混濁させた母を、追いかけただけ。
留守中の父に代わり、大事な母を助けようとして、懸命に頑張っただけだ。
母がどうして王宮へ向かったのか、事情もよくわからなかっただろう。それでも彼は、自分に出来ることを必死にやろうとした。
この愚かな賢護石が理由で、母が別人のように錯乱したなんて、知りもしないで。
まさかそのせいで自分が、一生右足の自由を奪われたなんて、思いもせずに。
……知るはずがない。
だが、告げなければならない。
全てを知っていれば、彼は自分を心配しようなんて、思うはずがないのだから。
「私の名はレフ。黄の賢護石、レフだ」
レフの顔が辛そうに歪んでいく。
これは自分が、自ら告げなければならないこと。
懺悔など、許されるはずもない罪。
いつかこの子が、己の身に起きた残酷な運命を嘆くとき。憎むべきは運命などではなく、自分だなのだから。
「君の身に起きた不幸は、全て私が招いたもの。君の母アメリアのことも、君の右足のことも。何もかも、私の責任だ。…君の自由を奪った愚かな男の名前を、覚えておくといい」
「レフ…?」
「君がどうしようもなく、残酷な運命を呪う時。私のこの身を引き裂きに来い」
そう言い置いて、レフは部屋を出ていった。もう二度と少年には会わないでおこうと誓って。
この子を可愛いと思うなら、二度と彼に近寄ってはいけない。自分にはウィルトを不幸にすることしか、できないのだから。