行くぞ!と宣言したかと思ったら、レフの腕を掴んで大股に歩き出す。
もちろんレフは暴れて抵抗したが、こうも体躯が違っていたら、長く逆らえるはずもなくて。あっさり西館から連れ出され、今は季節の花が咲き誇る王妃の庭を横断中だ。
「ベルマンが迎えに来るならわかるが、なんだってお前なんだっ」
「ベルマン相手じゃ、アンタが逃げるからだろうが」
「関係ないだろう、お前にはっ」
「そうはいかないんだよ。ウィルトに約束したからな」
「ウィルに?」
「あいつ、餞別に何かくれてやるって言ったら、お前に会いたいと言いやがった。この緑の賢護石サマが、何でもやるって言ってやったのに。どんなものより、ひと目お前に会う方がいいんだとさ」
「だからって!」
「まあタダより安いモノはないし。この際、アンタのド暗い考えなんか、後回しだ」
「リュイス!」
自分を迎えに来たのが、ウィルトの意向だと知って、余計にレフは足を止めようとするけど。その気になっているリュイスが許してくれるはずもなく、ついに正面門が見えてきてしまった。
ケンカでもしているような様子の二人の賢護石が近づいてくる。
ベルマン親子を囲んでいた見送りの人々は、それを見て深く頭を下げ、身を引いた。
「ったく、世話の焼けるオコサマだな」
「誰がオコサマだ!」
「やってることはオコサマだろうがっ」
どんっ!と強く背中を押される。誰もいない空間に放り出されたレフの目の前に、ウィルトが立っていた。
「っ…!」
正面から受け止めなければとわかっているのに、思わず視線を伏せてしまう。
伏せた視界に入り込んできたウィルトは、動かない右足を支えるため、身の丈ほどもある杖に縋っていた。
顔を上げられない。
自分のせいで運命を狂わせてしまった幼い子供に、何を言えばいいのかわからない。
しかし黙り込んで俯いているレフに、ウィルトの方が一歩近づいた。
「…うそつき」
ぼそっと詰る幼い声。レフは唇を噛んで、覚悟を決め、顔を上げる。
責められて当然なのだから。彼の非難を、受け止めてやらなければ。
決死の思いで顔を上げたが、レフを見上げるウィルトの顔には、憎悪のカケラもなかった。
「ウィルト…?」
呆然と名を呼ぶ。
ウィルトは憎んでいるでも怒っているでもなく、拗ねた表情でレフを見ていた。
「オレが家に帰れるようになるまで、ずっと一緒にいてくれるって言ったのに」
「それは、その」
「ご飯も作ってくれるって、言ったのに」
唇を尖らせてむくれている。彼にとって、レフの後悔や贖罪よりも、小さな約束の方がずっと大切なのだ。
「リュイス様は、ちゃんと約束、守ってくれたよ」
「…すまない。確かに私は、君との約束を破ってしまった」
「うん」
うな垂れるレフの手を、ウィルトが掴む。
臥(フ)せっている間、レフはよくこうして、彼の手を取っていたけど。ウィルトの方からレフの手を取るのは初めてだ。
掴まれた手は、生死をさ迷った子供のものだとは思えないくらい、力強いものだった。
「ウィル…」
「全部、聞いたから」
母とレフの経緯。賢護石という立場。レフの抱えている後悔の意味も。