【Will x Leff C】 P:03


 問いかけは、牙を剥く勢いのレフではなく、レフの指示で手伝っている料理人に向けられている。いきなり話しかけられた若い料理人は、おろおろしながら「一時間くらいです」と答えた。

「ならそれまで、仕事でもするかな」

 気が済んだとばかりに背を向けたリュイスを見て、取り残されたウィルは慌てて彼を呼び止めた。

「ちょ、ずるいよリュイス様!一人で逃げんなよっ」
「何がずるいだ、いい加減にしろ!二人ともとっとと出て行けっ」

 ちゃんと話をしたかったのに、ウィルまで厨房の外に放り出されてしまう。
 焦って戻ろうとしたが、レフに無言で睨みつけられてしまった。

 ―――あの顔は本気だ…。

 びくっと動きの止まったウィルの肩を、リュイスが軽い調子で叩いた。

「先は長いな、ウィルト・ベルマン。せいぜい頑張れ」
「リュイス様…」
「じゃあな!もう忍び込むなよっ」

 ひらひら手を振って、オーベリを従え立ち去ってしまった。
 一連の嫌がらせが、王宮へ忍び込んだことに対するリュイスのお仕置きだったのだと、ウィルはようやく気付いた。
 
 
 
 西館から中央殿に続く回廊をゆっくり歩きながら、ウィルは顔を顰めて髪や服についた白い粉を叩き落とす。
 何を作っているのか知らないが、リュイスが聞いたところによればそれは茶菓子で、出来るまであと一時間くらいかかるらしい。

「一時間か…」

 その頃には、レフの機嫌も直っているだろうか。
 今日こそは言い争いを避けようと思っていたのに、すっかりリュイスに遊ばれて、またレフの機嫌を損ねてしまった。
 初めて出会ってから、そろそろ四年が経とうとしている。
 ウィルの中にある想いは変わらないのに、二人の関係は少しずつ変わってきていた。

 最初は優しくしてもらった。
 それから、わけもわからず遠ざけられて。
 軽くあしらわれるようになり……最近はなぜか、会うたびにぎゃんぎゃんと、言い争いになる始末だ。

 もっと落ち着いて、穏やかに話をしたいはずなのに。気がつくと子供みたいなケンカを繰り返してしまう。
 重たい息を吐いて、ウィルは回廊の横に広がる、王の庭を眺めた。
 季節ごとに色とりどりの花が咲き誇っているのは、王宮の庭師たちがそのたびごとに植え替えているから。

 ―――庭師に憧れた頃もあったなあ…。

 思い出して、小さく笑った。
 本当に幼い頃は、考えるまでもなく父と同じ医者になるんだと思っていた。
 でもレフと出会ってからのウィルは、レフが王宮に住んでいるから、自分も王宮に住みたい。だったら住み込みで出来る仕事。なんでもいいから、ここの仕事と。躍起になって考えていた。
 今にして思えば、あまりに子供じみた考えだ。
 王宮に住みたいのは、今も同じだけど。あの頃のウィルは、庭師という仕事を甘く見ていたのだ。
 植物に関する膨大な知識が必要で、しかも根気強い作業を続けなければならない。色彩の配置にも気を使うし、王宮の庭となると細かい決まりもある。
 職業に貴賎はない、なんて。言葉だけはちゃんと知っていたけど。それを実感できるようになったのは、ウィルが成長した証拠だろう。
 それをあの人も、気付いてくれればいいのだが。