問いかけは、牙を剥く勢いのレフではなく、レフの指示で手伝っている料理人に向けられている。いきなり話しかけられた若い料理人は、おろおろしながら「一時間くらいです」と答えた。
「ならそれまで、仕事でもするかな」
気が済んだとばかりに背を向けたリュイスを見て、取り残されたウィルは慌てて彼を呼び止めた。
「ちょ、ずるいよリュイス様!一人で逃げんなよっ」
「何がずるいだ、いい加減にしろ!二人ともとっとと出て行けっ」
ちゃんと話をしたかったのに、ウィルまで厨房の外に放り出されてしまう。
焦って戻ろうとしたが、レフに無言で睨みつけられてしまった。
―――あの顔は本気だ…。
びくっと動きの止まったウィルの肩を、リュイスが軽い調子で叩いた。
「先は長いな、ウィルト・ベルマン。せいぜい頑張れ」
「リュイス様…」
「じゃあな!もう忍び込むなよっ」
ひらひら手を振って、オーベリを従え立ち去ってしまった。
一連の嫌がらせが、王宮へ忍び込んだことに対するリュイスのお仕置きだったのだと、ウィルはようやく気付いた。
西館から中央殿に続く回廊をゆっくり歩きながら、ウィルは顔を顰めて髪や服についた白い粉を叩き落とす。
何を作っているのか知らないが、リュイスが聞いたところによればそれは茶菓子で、出来るまであと一時間くらいかかるらしい。
「一時間か…」
その頃には、レフの機嫌も直っているだろうか。
今日こそは言い争いを避けようと思っていたのに、すっかりリュイスに遊ばれて、またレフの機嫌を損ねてしまった。
初めて出会ってから、そろそろ四年が経とうとしている。
ウィルの中にある想いは変わらないのに、二人の関係は少しずつ変わってきていた。
最初は優しくしてもらった。
それから、わけもわからず遠ざけられて。
軽くあしらわれるようになり……最近はなぜか、会うたびにぎゃんぎゃんと、言い争いになる始末だ。
もっと落ち着いて、穏やかに話をしたいはずなのに。気がつくと子供みたいなケンカを繰り返してしまう。
重たい息を吐いて、ウィルは回廊の横に広がる、王の庭を眺めた。
季節ごとに色とりどりの花が咲き誇っているのは、王宮の庭師たちがそのたびごとに植え替えているから。
―――庭師に憧れた頃もあったなあ…。
思い出して、小さく笑った。
本当に幼い頃は、考えるまでもなく父と同じ医者になるんだと思っていた。
でもレフと出会ってからのウィルは、レフが王宮に住んでいるから、自分も王宮に住みたい。だったら住み込みで出来る仕事。なんでもいいから、ここの仕事と。躍起になって考えていた。
今にして思えば、あまりに子供じみた考えだ。
王宮に住みたいのは、今も同じだけど。あの頃のウィルは、庭師という仕事を甘く見ていたのだ。
植物に関する膨大な知識が必要で、しかも根気強い作業を続けなければならない。色彩の配置にも気を使うし、王宮の庭となると細かい決まりもある。
職業に貴賎はない、なんて。言葉だけはちゃんと知っていたけど。それを実感できるようになったのは、ウィルが成長した証拠だろう。
それをあの人も、気付いてくれればいいのだが。