【Will x Leff C】 P:04


「さて…じゃあ、一時間。クリスの見張りにでも行こうかな」

 先日体調を崩してからというもの、まだ熱の下がらないクリス。
 ウィルは昨日、
読みたいと言っていた本を届けてやったときに、それを知ったのだ。
 喜ぶ顔を見て、うっかり置いてきてしまったけど。ムダに勉強熱心な皇太子サマが、完治するまで本を読むことを、我慢できるとは思えない。
 ため息混じりに歩き出す。
 ウィルは苦笑いを浮かべて、クリスの私室がある中央殿に入って行った。
 
 
 
 
 
 最初驚いていた周囲は、どうせ皇太子の気まぐれだと思っていたのだろう。
 そのうち互いに飽きて、立場が違うことを理解し、離れてしまうと誰もが思っていた。
 しかし周囲の勝手な想像をよそに、ウィルとクリスの仲はちょうどいい距離感のまま、二年になろうかという今も続いている。

 皇太子であるクリスティンと、庶民のウィルト。
 確かに立場が違うからこそ、一度でもケンカをしたら永遠に終りだ。すれ違ってしまえば、おそらくやり直すきっかけなど訪れず、歩み寄る猶予もないだろう。
 だから、というわけじゃないけど。
 二人は今まで、考えが違う事柄に行き当たっても、諍いを起こしたことがなかった。

 ウィルが思うに自分たちの関係は、クリスの性格に支えられてこそ、長く続いているのだ。
 この二年近くずっとクリスを見ているが、彼が声を荒げるところを、一度も見たことがない。
 皇太子という、甘やかされて当然の立場にいながら、彼はいつ誰に対してでも、謙虚で
穏やか。勤勉だし努力家だし、実は情熱的。
 加えてあの、王子様の資格充分な容姿。非の打ちどころがないというのは、彼の為にある言葉だろう。
 もちろん友人として、気にかかることはいくつもある。その最たるものは、彼の身体のことだ。
 とにかく彼は、心配になるほど自己犠牲の塊。ひとたびラスラリエのため、国民のためだと思い込んでしまったら、病弱な自分のことなどお構いなしなのだから。
 
 
 
 案内もなく皇太子の寝室を訪れたウィルは、扉のそばに控えている老女官を見つけて、軽く頭を下げた。
 向こうは先に気付いていたのだろう。ゆっくり立ち上がり、笑顔でウィルを迎えてくれる。

「こんにちは」
「ようこそおいで下さいました」

 その笑顔を見て、ウィルが頬を緩める。彼女が微笑むと、細くなった目が皺の中に隠れてしまうのだ。
 クリスや自分の祖母でもおかしくない、年老いた女官。クリスが生まれたときから仕えているという彼女は、とても静かな人で、いつもウィルの来訪を心から歓迎してくれた。

 本当のところ、王宮の中では二人の友人関係を疎んじる者の方が、圧倒的に多い。
 身分違いもさることながら、ウィルが賢護石の何人かに気に入られていることも、権力主義者が多い王宮内で、煙たがられるゆえんだろう。
 しかしそんなこと、いちいち気にしたって仕方ないのだ。長年の王宮通いで、ウィルは己の立場を達観してしまっている。

 皇太子であるクリスを利用して何かを得ようとか、賢護石に懐いて得をしようなんて、考えたこともない。彼らが自分と同じ庶民なら、もっと気軽に会えるのにと、思ったことなら何度もあるけど。