仕方なく枕へ頭を逆戻りさせたクリスを見て、ウィルはにっと笑った。
「よく出来ました」
「でも…本当にもう良くなったんですよ?」
「その顔色が戻ったら認めてやる」
「…ちょっと熱っぽいだけです」
「やっぱりな」
どうせそんなことだろうと思ったよ、と。枕元においてあるイスを勝手に引き出し、ウィルが腰を下ろした。
クリスはまだ残念そうに、ウィルの手にある本を見つめている。
「…ほんとに返してくれないんですか?」
「熱が下がるまで読まないって、約束するなら返してもいい」
「約束しますっ」
「どうだかね」
「本当に、ちゃんと。誓って」
あまりに安い、皇太子殿下の誓い。ウィルは溜め息を吐いて「わかったよ」と呟いた。
ゆっくり立ち上がり、部屋の端にある大きな本棚の、空いた場所に手にしていた本を置く。
「これはここに置いておく。約束だからな」
「はいっ」
溜め息を吐きながらクリスの元へ戻って、色の薄い金色の髪を撫でてやった。クリスがくすぐったそうに首をすくめている。
「早く読みたかったら、ちゃんと寝て、ちゃんと食って、ちゃんと元気になれ」
「わかりました」
心配顔の親友を見上げ、クリスはにこりと微笑んだ。
誰かの重荷になることを嫌い、臥せっていることすら、公にしたがらないクリス。でもウィルの来訪だけは、どんなに体調が悪くても喜んでくれる。
友達に会ったときの嬉しそうな顔は、歳相応に幼いものだ。王子様然とした容姿のクリスに、こういう顔をされると敵わない。ウィルはいつまでも渋い顔をしていられなくて、頬を綻ばせた。
「もうレフには会ってこられたんですか?」
「行って来たけど、リュイス様のせいで追い出された」
「リュイスの?」
不思議そうなクリスに、西館の厨房で起こった事の顛末を教えてやる。彼はいたく楽しそうに、くすくす笑って聞いていた。
「と、いうことは。一時間の暇つぶしに、私のところへ?」
「暇つぶしじゃなくて、皇太子殿下のお見舞いです」
「別に今さら、言い訳しなくても。レフのためなら平気で私を利用するくせに」
「利用してるんじゃなくて、協力してもらってるんだろ?前にお前がそう言ったんじゃないか」
「…協力より共犯の方が、楽しいですね」
にやりと形のいい口の端を吊り上げたクリスは、確かに何かとウィルの共犯だ。
以前はウィルに会うことを拒絶して、逃げ回っていたレフだが、最近は会いもせずに「帰れ」と言えなくなった。
なぜならウィルが皇太子殿下の親友になってしまったからだ。
会ってもらえないとなると、ウィルは平気で皇太子を担ぎ出す。クリスを間に立てられては、レフもただ忙しいと拒絶することが出来ない。
レフに会うため何とかしてくれ、とウィルが訴えるたび、なぜかクリスは楽しそうに手を貸してくれていた。
余計にレフから面倒がられているようになってしまった気もするが、会ってもらえるならウィルにとって、それは大したことじゃない。
こんなに好きだって言ってんのに、と愚痴るウィルに、クリスが何か言葉を返そうとしていた時。部屋の外から、けたたましい騒動が聞こえてきた。