何事かと二人は顔を見合わせる。
クリスが身を起そうとしているのに気付いて、ウィルは彼を支えてやった。
「お待ち下さい!そちらへ行ってはいけませんっアンゼルム様!!」
珍しい。さっき会ったばかりの老女官が、声を荒げている。同時に、バタバタうるさい足音。
ウィルが首を傾げていると、バアン!と派手に扉が開いて。小さな少年が転がり込んできた。
「やっぱりいた!お前がウィルだなっ!」
「はあ?!」
勝気な印象の少年が、いきなり現れてウィルを睨みつけている。その後ろからは側仕えの老女官が、クリスの身の回りの世話をしている他の侍女たちと一緒に駆け込んできた。
声もかけずに部屋へ入ってしまった彼女達は、慌ててクリスに頭を下げ、なんとか少年を連れ出そうとしている。
「もうよろしいでしょう、アンゼルム様!さあ早くっ!クリスティン様は臥せっておられるのですからっ」
「だってあいつは兄上と一緒にいるもん!ぼくもここにいるっ」
「いけませんっ」
やだやだ!と暴れる少年の正体に思い当たる。クリスの弟、アンゼルム王子だ。
幼い彼にはまだ私室もなく、国王夫妻の寝所で生活している。王妃のそばにいる時間が長いので、あまり人前に出ることもない。
頻繁に王宮へ通い、クリスの元を訪れているウィルでも、直接会うのは初めてだ。
公式行事では、大人たちの中で毅然としているのを、何度か見たことがあるけど。公務を離れたアンゼルムは、かなりやんちゃで幼く喧(ヤカマ)しい。到底、クリスの弟だとは思えなかった。
懸命に止める侍女たちを振り切り、アンゼルムはクリスに駆け寄って、掛け布ごとしがみついてしまう。
苦笑いのクリスが溜め息を吐き、弟の背中を抱いて、軽く手を上げると、引き離そうとする侍女を止めた。
「構いませんよ」
「ですが殿下、お体に障りますから」
「大丈夫です…アルム、静かにしていられるかい?」
「うん!おとなしくしてるっ」
現段階で少しもおとなしくはないのだが、嬉しそうな弟の姿にクリスが頬を綻ばせる。
クリス本人がいいと言う以上、強引に引き離すことも出来なくて。侍女たちは渋々手を引いた。
「では少しの間だけ…」
本当に渋々といった表情で、彼女たちは頭を下げ、部屋を出て行く。
ウィルは呆気に取られるしかない。
けっこう王宮には来ているのに、こんな騒動を目にしたのは初めてだ。
誰もいなくなった途端、アンゼルム王子……アルムは、再びウィルを睨みつけた。
「お前も帰れっ」
「アルム、やめなさい」
「だって兄上!」
「静かにしている約束だろう?ウィルは私の大切な友人なんだよ」
ふくれっ面で黙ったアルムは、まるで兄を独占しているのは自分なのだと見せ付けるかのように、ベッドへもぐりこみクリスに抱きついてしまう。
幼い弟王子が自分にやきもちを焼いているのだと知って、ウィルは笑い出した。
「はははっ!お前、愛されてんなあ」
「…どうでしょうか」
思いもよらぬ、曖昧な表情。首を傾げたウィルに、クリスはすぐいつもの顔を取り戻し、弟を紹介してくれた。
「ご存知かと思いますが、私の弟アンゼルムです。我々より二つ年下なので、今年七歳になります」