二人の会話を聞いていたクリスが、訝しげに首を傾げている。
「どうしたクリス?」
「雨が少ないにも関わらず、豊作だったんですか?果実が実るためには、日照と降雨が不可欠だと聞きますが」
「種類によるな。これは雨が少ない方が、よく育つ種の果実なんだ」
レフが説明している間に、西館の厨房に通い慣れているウィルトは、勝手知ったる様子で木製のスプーンを取り出した。レフの横からそれで、瓶の中のジャムを掬う。
「だから計画的に雨の少ない年を作って、こういうジャムやシロップ、酒なんかを作るわけ。はい、レフ」
にこりと笑って、掬ったジャムを口元へ差し出している。レフは「いらない」と言うために口を開いたのだが、その隙にスプーンを口へ入れられてしまった。
「っ…ん」
「ど?うまい?」
「何をするんだ、お前はっ!」
「あれ?口に合わない?」
言いながらウィルトは、同じスプーンで自分も一口ジャムを掬って食べてみせる。
「うまいじゃん」
「…そういうことを言ってるんじゃない」
「レフの口に合うかどうかわからない、合わなかったら捨ててくれてもいいって。すごく心配してたんだよ。気に入ってくれたって、伝えてもいいよな?」
何事もなかったかのように言われて、レフは仕方なく頷いた。ここで何かを否定してしまったら、まるでこのジャムに難癖をつけているみたいになってしまう。
「…ああ。よく出来ている」
「良かった」
「あとで礼状を書くから、届けてくれ」
「了解」
嬉しそうに頷いたウィルトは、クリスに手招きをする。軽やかな足取りでそばへ来た彼にも、同じようにスプーンで一口、ジャムを食べさせた。
「うまいだろ?」
「お前…皇太子に何をしてるんだっ」
自分だけならともかく、クリスにまで。眉を吊り上げるレフに、当のクリスは気にした様子もなく笑った。
「いいんですよ、レフ」
「これっくらい今さらだよな。どうだ?」
「美味しいですね」
「いいだろ。酒は毎年献上されるけど、こういうのは上がらないから」
「加工するのは、長期間、保存するためですか?」
「そういうこと。とくに酒は熟成期間の長い方が、美味しいらしいから」
だろ?と笑いかけられ、レフが黙って頷く。感心した様子のクリスの隣に来ていたアルムが「おれもおれも!」と騒いでいる。
「はいはい。どうだ?アルム」
「おいしい!」
兄と同じように食べさせてもらって、弟王子は顔を輝かせた。
「これ、パンに塗るのか?」
「そうだなあ。それもいいけど、これ使って作るケーキがまた、うまいんだよ」
「ケーキ?!」
大好物の名を聞いて、アルムはさらに顔を輝かせた。
「どんなの?美味しいのか?」
「ああ。酸味と甘味がちょうど良くて、お前だったらクリームとかつけて食べるといいんじゃないか」
「…ウィル、食べたことがあるの?」
「昨日な。母さんが作ってくれたんだ」
「なんでっ」
「なんでって。お前なあ…」
「おれは食べたことないのにっ」
「ったく、このオコサマは!ラスラリエの美味いモンは、すべからく自分のためだと思ってんだろっ」
理不尽に突っかかってくるアルムの頭を、ぐりぐりと弄りながら、ウィルトはレフを振り返り苦笑いを浮かべた。