「レフも知ってるんだろ?作り方」
「…ああ」
「やっぱり。母さんにこんな珍しい果物のケーキ、なんで作り方知ってんの?って聞いたら、覚えてないって言うからさ。絶対レフに教えてもらったんだって、思ったんだ」
ふっと口元に滲む、複雑な笑み。どことなく大人っぽくて、何かを諦めたような。大きなことを乗り越えたみたいな表情。
レフの脳裏を、小さなウィルトの姿がよぎる。大怪我の治療を終え、この王宮を去るときも、彼は子供らしくないこんな笑みを浮かべていた。
昔はレフが過去を振り返るたび、アメリアと自分は違うのだと言って、反発したり拗ねたりしていたのに。もう彼は折り合いをつけてしまったのだろうか。
なんだか自分だけが置いていかれたみたいな気がして、レフはふと視線を落としてしまう。
「レフもそのケーキ、作れるの?」
ウィルトの手を逃れ、レフの方へ駆け寄ってきたアルムが、嬉しそうに見上げている。レフは何も言わず、先に材料を確認した。
「なあ、レフってば」
追いかけてきたアルムに服を掴まれて、少し眉を顰める。
「ちょっと待て。作り方は知っているが…残念ながら香草が足りないようだな」
「こうそう?」
「ああ。この果実を多く使うと、酸味と共に苦みが強くなる。それを抑えるために…」
「これが、必要なんだろ?」
どこから取り出したのか、すぐ後ろまで来ていたウィルトが、皮袋を差し出している。目を丸くしたレフが中を覗くと、確かに目当ての香草が入っていた。
「どうしたんだ、これ」
「どうしたって買ってきたんだよ。常備するようなものじゃないしね」
あっさり言って皮袋をレフの手に握らせ、クリスの方へ戻っていく。レフは驚きを隠せずに、ウィルトの後ろ姿と皮袋を、交互に見つめていた。
「ケーキの話をしたら、絶対にアルムが食べたい食べたいって、騒ぎ立てると思ってたんだ」
ウィルトが肩を竦めて言うと、クリスも可笑しそうに「そうですね」と答えた。
「だよな?やっぱり思った通りになったし。こんなの明日ショアに雨が降るかどうかより明らかだ」
からかわれたアルムが、ぶつかる勢いでウィルトに駆け寄っていく。いくら幼いアルムでも、足の悪いウィルトとまともにぶつかれば、転倒してしまうだろう。
レフは慌てて手を伸ばし、アルムを捕まえようとしたが、間に合わない。
危ない!と思わず顔を顰めたレフの前で、ウィルトはよろめくこともなく、しっかりアルムの身体を受け止めていた。
ほっと安堵の息を吐く。
そして同時に、いつの間にウィルトはこんな、しっかりした体つきになったんだろうと。あまりにも今さらな疑問を持った。
「おれ、騒いだりしてないぞっ」
「皇太子サマ〜弟王子がウソついてます〜」
「ウソなんかついてないっ!おれはレフも作れるのかって聞いたけど、うるさくしてなかったもん!」
「うるさいじゃん、いま」
「だってそれはウィルが!」
「何でもかんでもオレのせいにすんな〜」
「なんだよウィル、意地悪だぞっ!」
ぎゃあぎゃあと煩くじゃれ合う、アルムとウィルト。それを困った顔で、しかし嬉しそうに見つめながら笑っているクリス。
こうして比較対象があると、ウィルトの成長が余計に明らかだ。