「いいや、レフはきっと、お前が頼めばケーキを作って食べさせてくれる。でもそれは自分のものを分けてくれるってことだろう?だからお前は、レフのしてくれることを当然だと思っちゃいけない。…クリスが言いたかったのは、そういうことなんだよ」
しゃがんだままのウィルトとアルムが、クリスを見上げる。視線の先で、クリスは曖昧に笑った。
「兄上」
「ちゃんとレフにお願いしておいで」
「わかったっ!」
アルムが自分の方へ駆け戻ってくるのを待ちながら、レフはなんとも言えない、言葉にするのも難しいような気持ちを抱えていた。
クリスが口にしたことも、ウィルトが説明したことも。どちらも内容は単純なことだが、それを十歳の子供たちが話すことに、ひどく違和感を覚える。
皇太子が口にした、国家元首の意味。ウィルトが説明した、感謝の意味。
この子たちが利発なのは知っていたが、レフはそれを、どうしても喜ばしいとばかりは思えないのだ。
「レフ…あのね」
自分のすぐそばで立ち止まったアルムが、言いにくそうに視線をさ迷わせ、レフの服をきゅっと掴んだ。
子供らしい幼い仕草に、思わずほっとしてしまう。
「なんだ?」
「うん…あのね。レフがもらったジャム、とても美味しかったから…おれもケーキ食べたいな」
「おーい!それは感想で、お願いじゃないぞ〜っ」
一生懸命、言葉を探しているアルムに、ウィルトの声が飛んできた。ちょっとだけ顔を赤くして振り返り「わかってるってば!」と応えたアルムは、すぐにまたじいっとレフを見上げた。
「だから…ケーキを作って、おれにも食べさせてください」
お願い、と。上目遣いの子供が、どきどきとした顔で、自分の答えを待っている。レフは優しく微笑んだ。
「わかった。すぐに作るから、先にお昼を食べて待っていなさい」
「うん!ありがとう、レフ!」
ぎゅっと抱きついてくるアルムの頭を撫でてやる。経緯を見守っていたウィルトが、苦笑いで肩を竦めた。
「あんなきれいな笑顔で、頭撫でてやることないじゃん…オレなんか笑ってもらうのさえ難しいのにさ」
拗ねたような小声で、不満を訴えている。口元に手を当て、笑いをかみ殺しているクリスは、同じく声を潜めて呟いた。
「じゃあウィルも、ケーキをねだって抱きついてきたらどうですか?」
「出来ればやってる。…こんなに愛してんのに…子供はズルい」
「お前もまだ充分に子供だ」
聞こえているぞ、と鋭く指摘してやれば、ウィルトがようやく子供っぽい表情を見せ、照れたようにそっぽを向いた。
今日の昼食は、レフが朝から焼いたパンと、昨日から煮込んでいた肉料理。もちろん新鮮な野菜に、あっさりしたスープも添えられている。
おっとり優雅に食べるクリスの隣では、ウィルトとアルムが奪い合う勢いでがっついていた。
時間を掛けた料理も、子供たちの手にかかったら、あっという間。ウィルトに食器を片付けるよう命じて、レフはケーキを焼く用意を始めた。
「役に立った?」
きれいに食器を洗い、水気を拭いているウィルトがにやりと聞いてくる。大人びた表情が気に入らなくて、レフは手を止めないまま「香草か?」と、違うのはわかっているくせに答えていた。