何か起こる前に、注意しておいた方がいいのだろうか。
少しぐらいは痛い目を見た方がいいとも思うが、大事になってからでは遅い。
つい考え込んでいたレフは、小さな手で服を引っ張られてはっと顔を上げた。
見ると、ケーキが焼き上がるまで隣で待っているはずのアルムが、ふくれた顔で立っている。
「レフ、まだケーキ作らないの?」
「あ、ああ。悪い、すぐに作ってやるよ」
「…おれ、ここで見ててもいい?」
「それは構わないが…クリスとウィルはどうした」
「ゲームしながら、難しい話してる」
おれ、わかんない。と唇を尖らせているアルムをつれて、隣室の様子を見に行った。
二人はラスラリエで古くから親しまれているボードゲームを挟み、何かを話しているようだ。確かにあのゲームのルールは複雑で、まだアルムには早いだろう。
真剣な表情の二人に苦笑いを浮かべ、仕方なくレフはケーキ作りを、アルムに手伝わせることにした。
いくら大人びていても、ゲームに夢中になるなど、やはり子供ということか。レフの耳には、隣室で話す二人の会話が、小さく聞こえていた。
「難しいな」
「そう…ですか?」
「必要なくなれば、自然に消えるだろ」
「今は必要だとでも?」
「ああ。たぶん、お前が考える以上に」
「私は王都で暮らす皆さんに、安心していただきたいだけなんです」
「シーサイドエンドの住人だって、王都の住人なんだけどな」
黙って聞いていたレフは、ウィルトが口にした町の名に驚いて、顔を上げた。
―――シーサイドエンドだと?
シーサイドエンドは、王都ショアの末端にある貧民街だ。
規模は小さいものの歴史が古く、狭いエリアに多くの住人がひしめき合っている。
複雑に入り組んだ建物と、住んでいる者の排他的な性質から、内情の把握も難しく、犯罪者の逃亡先にはうってつけの場所。
レフたち賢護石でさえなかなか手を出せなくて、昔から頭の痛い存在だった。
てっきりゲームに熱中しているのだと思っていたのに、二人は全然別の話をしているらしい。
「レフ?」
動きを止めたレフを、アルムが不思議そうに見上げている。オーブンの様子を見ているよう促して、レフはこっそり二人の様子を見に行った。
相変わらず、彼らの間にはゲームボードが置いてある。そのゲームも進行中だ。
こちらに背を向けているウィルトがコマを進めながら、言葉を継いでいた。
「それとも税を納めてない奴は、王都の住人じゃないとでも?」
「そんなことは言ってません。なにかしら事情があって、税を納められない方がおられるのは、わかっています」
「うん」
「でも住人のほとんどが犯罪者だなんて聞いたら、放っておけないでしょう?」
「犯罪者集団みたいに言うなよ。大半の住人は普通の人だ。極端な貧民層だってことは認めるけどな」
「なんだか…やけに庇うんですね」
「そりゃ庇うさ。オレには知り合いも友達もいるんだから」
「ウィル…シーサイドエンドに行ったことがあるんですか?」
「何度も行ってるよ。父さんも時々、診察に出かけてく」
「ベルマン先生が?」
驚いている様子のクリスには、貧民街というものがいまいちイメージ出来ないでいるらしい。